※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症の方が「物を盗られた」と訴える背景には、記憶障害や見当識障害、判断力の低下といった中核症状が関係しています。
この記事では、物盗られ妄想が起こる理由と本人の中で起きていることを解説し、
“盗られたという事実”ではなく“その時の不安な気持ち”に寄り添うことの大切さをお伝えします。
【要点】
- 認知症の方が「物を盗られた」と訴える理由が分かる
単なる勘違いではなく、記憶障害や見当識障害、不安や混乱がどのように関係しているのかを解説します。 - 「疑われた」と感じてしまう理由と、介護者側の苦しさが分かる
なぜ家族や職員が疑われやすいのか、認知症によって本人の中で何が起きているのかを整理します。 - 物盗られ妄想への関わり方と、安心につながる対応が分かる
否定や説得が逆効果になる理由や、“盗られたという事実”ではなく“その時の不安な気持ち”に目を向ける大切さについて解説します。
【この記事で分かること】
・認知症の方が「物を盗られた」と訴える理由
・物盗られ妄想の背景にある不安や混乱
・本人の中で何が起きているのか
・否定や説得が逆効果になってしまう理由
・“盗られたという言葉”の奥にある気持ちへの向き合い方
家族介護・介護職のどちらにも役立つ、
認知症の方の「物盗られ妄想」を理解し“疑い”ではなく“その奥にある不安”に目を向けるための記事です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに
「財布がない。あの人が盗ったに違いない」
認知症の方と関わる中で、このような言葉に戸惑った経験はないでしょうか。
何度探しても見つからず、疑いの目を向けられる。
説明しても納得してもらえない。
そして時には、介護している家族や職員が疑われてしまうこともあります。
この「物盗られ妄想」は、認知症の中でも特に関わり方が難しい症状のひとつです。
しかし、この言葉の裏側には
“責める意図”ではなく、
“不安”や“混乱”が隠れていることが多いのです。
この記事では、
・物盗られ妄想とは何か
・なぜ起こるのか(中核症状との関係)
・本人の中で何が起きているのか
・やってはいけない対応と、その理由
・現場で使える具体的な関わり方
について、やさしく解説していきます。
物盗られ妄想とは何か?
物盗られ妄想とは、
「自分の持ち物が誰かに盗られた」と強く信じてしまう状態を指します。
実際には、
・自分でどこかに置いた
・しまい込んで忘れてしまった
・見つけられないだけ
といったケースがほとんどですが、本人にとってはそれが現実です。
そして、支援者を悩ませる特徴として、
・特定の人を疑う(家族、職員など)
・何度説明しても納得できない
・繰り返し訴える
といった点が挙げられます。
なぜ起こるのか?(中核症状との関係)
物盗られ妄想は、単なる“思い込み”ではありません。
認知症の中核症状と、様々な要因や環境が重なった結果として起こる現象です。
主に関係する中核症状は、以下の3つです。
①記憶障害
『自分が、それを、どこかに置いた』という体験そのものを忘れてしまいます。
「大事な●●が見つからない」 → 「自分は置いた覚えがない」 → 「だから盗られたに違いない」
という流れになります。
②見当識障害
時間や場所、人の認識が曖昧になることで、
・今がいつなのか分からない
・ここがどこなのか分からない
・周囲の人が誰なのか曖昧になる
結果として、
「知らない人がいるなんておかしい」 → 「そういえば●●がない」 → 「盗られたのかもしれない」
という不安につながります。
③判断力・理解力の低下
『大事なものがない!』という衝撃や焦りが先行してしまい、
「自分がどこかに置いたのかもしれない」
「なくしたかもしれない」
という可能性を考えることが難しくなってしまいます。
その結果、
「●●が見当たらない」 → 「無いということはないはずだ」 → 「きっと盗られた」
という結論に、あっという間に達してしまいます。
本人の中で起きていること
ここが非常に重要です。
物盗られ妄想は、周囲から見ると「被害的な発言」に見えますが、
本人の中ではむしろ
“自分を守るための思考”です。
自分の失敗を理解できない
・物をなくした
・どこに置いたか分からない
本来であれば「自分のミス」と捉える場面です。
しかし認知症では、それを理解することが難しくなります。
不安を説明するための“理由づけ”
人は誰でも「分からない状態」に強い不安を感じます。
そのため、
「盗られた」という理由を作ることで不安を説明しようとする。
これはある意味で、自然な心の働きです。
信頼している人ほど疑ってしまう
実は、
・家族
・よく関わる職員
など、身近な人が疑われやすい傾向があります。
これは、
・関わる機会が多い
・記憶が曖昧でも“存在だけは残っている”
ためです。
決して「嫌われている」「盗るような人だと思われている」わけではありません。
「盗られた」は本人にとって事実
支援者から見ると、
「財布は引き出しに入っている」
「実際には誰も盗っていない」
ということが分かっている場合もあります。
しかし本人にとっては、
財布が見当たらないことも、
自分が探しても見つからないことも、
すべて、自分の心を追い込んでいく現実なのです。
つまり、
『盗られた』
という結論そのものは間違っていても、
『財布がない』
という、本人の不安や焦りは本物なのです。
だからこそ、
事実だけを訂正するのではなく、
その時の気持ちに目を向けることが大切になります。
やってはいけない対応
ここは非常に重要です。
よくある対応ですが、逆効果になりやすいものを挙げます。
否定する
「盗っていません」
「そんなことあるはずないでしょう」
思わず、そう言いたくなる場面でしょう。
しかしこの言葉は“本人にとっての現実”を真正面から否定することになります。
その結果として、
・不信感
・怒り
・関係悪化
につながってしまうのです。
理屈で説得する
「さっき自分で置いてましたよ」
「ここにありましたよね」
過去の行動や正論をぶつけたところで、
本人は記憶力と理解力が低下しているため、納得できません。
むしろ
「言いくるめられている」
「その場しのぎの言葉じゃないか」
と感じられてしまうこともあります。
犯人探しに付き合う
この対応は一見すると、相手に寄り添っているように感じられるかも知れません。
ですが、一緒に「誰が盗ったのか」を考えると、
「ということは、盗った人がいることは間違いない」
と、妄想が強化されてしまうこともあるのです。
ではどう関わるか?(実践編)
ポイントは、
“事実”ではなく“感情”に寄り添うことです。
まずは、会話例を見てみましょう
✖ よくある逆効果の会話
本人:「財布がない! 盗られた!」
家族:「そんなことあるわけないでしょ」
本人:「いや盗られたんだ!」
家族:「もういい加減にして…」
→本人は
「信じてもらえない」
「否定された」
「流された」
「バカにされた」
と感じ、不安や怒りが強くなります。
△ ついやってしまいがちな会話
本人:「財布がない!」
職員:「昨日そこに置いてましたよ?」
本人:「そんなわけない!」
職員:「ちゃんと探しました?」
→悪気なく事実を伝えているだけでも、
“責められている感覚”
“自分の気持ちを分かってもらえない寂しさ”
“指導的な対応をされて悔しい”
などの感情につながることがあります。
◎ 安心につながりやすい会話
本人:「財布がない! 盗られた!」
職員:「それは心配ですね」「見当たらなくてビックリしましたね」
本人:「そうなの」
職員:「もしかしたら近くにあるかも知れませんね」「一緒に探してみましょうか」
→まず“不安”を受け止める。
これだけで、表情や興奮が落ち着くことがあります。
①共感する
「それは心配ですね」
「大事なものがなくなると不安ですよね」
→という、本人の“気持ち”を受け止める
これだけで落ち着くケースも多いです。
②一緒に探す
「一緒に探してみましょうか」
→安心感を与える
→関係性を保つ
※見つかったときは
「よかったですね」で終える(原因追及しない)
③本人が見つけることにも意味がある
また、一緒に探している中で、先に職員や家族が見つけた場合は、
すぐに「ここにありましたよ」と伝えるよりも、
本人が見つけやすい場所にそっと戻しておく方が良い場合もあります。
こちらが先に見つけてしまうと、
「やっぱり盗っていたんじゃないか」
という疑念につながることがあるためです。
また、本人が自分で見つけることができると、
「なくなっていなかった」
「自分で見つけられた」
という安心感につながります。
それは単に“物が見つかる”だけではなく、
本人の自信や「自分でできる」という感覚を守ることにもつながっていくのです。
④環境を整える
・置き場所を固定する
・目につく場所にする
・箱やケースを使う
→「なくなりにくい環境」を作る
特に、置き場所を固定することで
『財布がなかったらまずここを探す!』といったメモを置いておいたり、支援者が『●●は見てみましたか?』と本人を支援する方法を増やすことにもつなげられます。
また本人の中でも『財布は確かいつもあそこに置いていたような…』という認識が徐々に作られていくことも珍しくありません。
認知症になった後でも、何も覚えられないわけではありません。
こういった方法も、実は有効である場合もあるのです。
⑤疑われたときの受け止め方
正直、つらい場面です。
特に初めて疑われたときは、
今までの関係性が、音を立てて崩れかねないほどの衝撃を受けることでしょう。
ですがここで大切なのは、
「自分が否定されたわけではない」と理解することです。
これらの言葉はあくまで、
症状によるもの
本人が自分を守るためのもの
なのです。
家族の方へ|家族だからこそ、つらい
物盗られ妄想では、最も近くで支えている家族が疑われることも少なくありません。
毎日介護をしているのに、
「あなたが盗った」
と言われる。
これは本当に苦しいことです。
しかし多くの場合、
本人は“あなたを傷つけたい”わけではありません。
むしろ、こういった言葉が向けられてしまう人ほど
『本人にとって大事な人』であることは少なくありません。
認知症による混乱や不安が、
「盗られた」という形で表現されているのです。
だからこそ、
真正面から否定し続けるよりも、
「不安なんだな」
「困っているんだな」
という視点を持つことが、関係を守る助けになることがあります。
介護職員の方へ|職員間で対応を統一する重要性
物盗られ妄想への対応では、
職員ごとの関わり方の差が大きな混乱を生むことがあります。
ある職員は否定し、
ある職員は共感し、
ある職員は強く説得する。
これでは、本人の不安はさらに強くなってしまいます。
そのため、
・否定しすぎない
・まず不安を受け止める
・一緒に探す
・犯人探しをしない
など、チームで方向性を共有することが重要です。
また「疑われた職員」のフォローも非常に大切です。
物盗られ妄想は、職員個人への攻撃ではなく、認知症による症状のひとつです。
だからこそ、
チームとして支える視点が必要になります。
「盗られた」の奥にある不安を見る
物盗られ妄想は、
本人にとっては「物がなくなった出来事」ですが、
支援者にとっては
「その人がどれだけ不安を抱えているか」
を知る機会でもあります。
物を探すことだけが支援ではありません。
なぜその人が不安になったのか。
どうすれば安心できるのか。
そこまで考えていくことが、認知症ケアにつながっていくのです。
それでもつらいときに
介護者側の感情も非常に大切です。
・何度も言われる
・疑われる
・信頼関係が崩れるように感じる
これは大きなストレスになります。
距離を取ることも大切
・一度離れる
・他の人に対応を代わってもらう
無理に受け止め続ける必要はありません。
「個人」ではなく「現象」として捉える
「あの人が言っている」のではなく
→「認知症という状態がそうさせている」
この視点が、心を守る助けになります。
まとめ
物盗られ妄想は、
・記憶障害
・見当識障害
・判断力低下
といった中核症状が重なって起こるものです。
そしてその本質は、
「盗られた」という事実ではなく「不安」です。
だからこそ、
・否定するのではなく
・説得するのでもなく
・安心できる関わりをする
ことが大切になります。
最後に
認知症の方の言葉は、ときに私たちを傷つけることがあります。
しかしその言葉の奥には、
・不安
・混乱
・助けを求める気持ち
が隠れています。
「なぜそんなことを言うのか」ではなく
「何に困っているのか」
この視点に立てたとき、
関わり方は大きく変わります。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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