※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
介護職の仕事は、介助そのものではありません。
介助や記録、レクリエーションなどは、利用者さんの「その人らしい生活」を支えるための手段です。
この記事では「介助は目的ではなく手段である」という考え方を軸に、介護職の本当の役割や専門性、そしてヒヤリハットにもつながる視点について解説します。
【要点】
- 介助は目的ではなく「その人らしい生活」を支えるための手段であることが分かる
移乗や食事介助を例に「何をするか」ではなく「何を実現したいのか」を考えることの重要性を解説します。 - 介護職の本当の役割と専門性が分かる
介助・記録・レクリエーションなどの業務を「生活を支える」という目的から捉え直し、介護職に求められる専門的な視点を紹介します。 - 業務やヒヤリハットにも共通する“目的から考える”視点が身につく
業務をこなすことが目的になってしまう危険性や、ヒヤリハットを「生活をより良くするためのツール」として活用する考え方を解説します。
【この記事で分かること】
・介護職の本当の業務とは何か
・「介助は目的ではなく手段」という考え方
・利用者さんの「その人らしい生活」を支えるための視点
・業務・記録・ヒヤリハットに共通する介護の本質
介護職としての専門性を高めたい方や、介護の考え方を見直したい方に役立つ内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
介護職の業務とは何でしょうか?
「業務」と聞くと、多くの人は『毎日やる仕事』を思い浮かべるかもしれません。
- 食事介助
- 入浴介助
- 排泄介助
- 更衣介助
- レクリエーション
- 記録を書くこと
- 清掃
- 洗濯
確かに、これらは毎日の仕事です。
しかし、本当にこれが「介護職の業務」なのでしょうか。
私は少し違うと考えています。
確かに、食事介助や入浴介助も、日々行う業務の一つです。
しかし、介助を行うこと自体が、介護職の最終的な目的ではありません。
介助とは、その人の生活を支えるという目的を実現するための方法の一つなのです。
この考え方が変わるだけで、介護の見え方は大きく変わります。
「介助すること」だけが仕事ではない
例えば、利用者さんを車椅子からベッドへ移乗するとします。
この時、目的は何でしょうか。
「移乗すること」
でしょうか。
違います。
移乗そのものは、目的ではありません。
目的は、
- 身体を休めること
- 苦痛を軽減すること
- 安全に生活すること
- その人らしい生活を送ること
です。
移乗とは、その目的を実現するための一つの方法に過ぎません。
もし別の方法で同じ目的が達成できるのであれば、
必ずしも移乗という方法にこだわる必要はないでしょう。
介助とは、
『何をするか』ではなく、
『何を実現したいのか』を考えた結果として選ばれる手段なのです。
食事介助も「生活」を支えるための手段
食事介助も同じです。
食べてもらうことが目的ではありません。
栄養を摂ることだけでもありません。
例えば、
「美味しかった」
「今日は全部食べられた」
「家族と一緒に食卓を囲めた」
「好きなものを楽しめた」
こうした時間や体験も、その人の生活を支える大切な要素です。
極端な話をすれば、食事を口に運ぶことだけを考えれば、職員の都合に合わせて介助を進めることもできてしまいます。
しかし、それでは「生活」を支えているとはいえないでしょう。
その人のペースを大切にしたり、
会話を楽しんだり、
好きな食器を使ったりすることも、その人らしい生活を支える介護の一部です。
食事介助とは、
食べさせることではなく、
その人が安心して食事を楽しめる時間を支えるための方法なのです。
支えるべきなのは「介助」ではなく「生活」
このように考えると、
一つの介助方法が、いつでも誰にでも正しいとは限りません。
大切なのは、その介助が何を実現するために行われているのかを考えることです。
介助という手段だけを見ていては、
本来支えるべき「生活」を見失ってしまうことがあります。
業務の目的は「その人らしい生活」を支えること
介護保険法では、介護保険制度の目的として、
介護を必要とする人が
「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」
必要な保健医療サービスや福祉サービスを提供するという考え方が示されています。
少し難しい言葉ですが、この記事の考え方に置き換えれば、
その人らしく生活できるよう支えること
と捉えることができます。
だから介護職の本当の仕事は、
介助をすることではありません。
その人が、
- 安心して生活できること
- 自分らしく暮らせること
- 穏やかに過ごせること
- できることを続けられること
それを支えることです。
介助は、そのための一つの選択肢なのです。
必ずしも介助することが正解ではない
例えば、
自分で立ち上がれる利用者さんがいたとします。
少し時間はかかります。
転びそうで少し不安です。
職員が抱えれば早く終わります。
しかし、本当に抱えた方が良いのでしょうか。
本人が立つ機会を失えば、
筋力は少しずつ低下します。
自信も失います。
やがて本当に立てなくなるかもしれません。
その人らしい生活を支えることが目的なら、
本人の身体状況や安全に十分配慮しながら、
多少時間がかかっても、自分の力で立ってもらう方が良い場面もあります。
介助することが正解なのではありません。
目的に合った方法を選ぶことが大切なのです。
業務が目的になると、本来の目的を見失う
介護現場では時々、業務そのものが目的になってしまうことがあります。
例えば、
「早く入浴させなければ」
「早く食事介助を終わらせなければ」
「記録を書かなければ」
「排泄介助の時間だから誘導しないと」
もちろん、どれも必要な仕事です。
介護現場では限られた時間の中で、多くの利用者さんを支援しなければなりません。
決められたスケジュールや業務をこなすことも、介護職として大切な役割です。
しかし「終わらせること」が目的になってしまうと、
本来見るべきものが見えなくなってしまいます。
利用者さんの表情や体調の変化。
「今日は入りたくない」という気持ち。
「もう少しゆっくり食べたい」という思い。
「今はトイレではなく、お茶を飲みたい」という希望。
そうした一人ひとりの思いや変化よりも、
「予定どおりに進めること」が優先されてしまうのです。
その結果、
利用者さんを急がせてしまう。
説明を省いてしまう。
本人の希望を聞く時間がなくなる。
笑顔で会話をする余裕も失われてしまう。
介護の質は「業務が終わったか」では決まらない
介護の質は、必ずしも「業務が終わったかどうか」だけで決まるものではありません。
たとえ予定どおりに入浴や食事が終わっていても、利用者さんが不安な気持ちのままだったり、自分の思いを伝えられなかったりすれば、
本来目指していた「その人らしい生活」を支えられたとは言えないでしょう。
もちろん、やらなければいけない仕事を計画どおりに進めること自体が悪いわけではありません。
大切なのは、業務をこなすことと、利用者さんの生活を支えることの優先順位を取り違えないことです。
仕事は終わっていても、本来の目的は達成できていない。
そんな状態にならないよう、私たちは常に「この支援は何のために行っているのか」を考え続ける必要があるのではないでしょうか。
記録もレクリエーションも同じ
これは介助だけではありません。
記録を書くこともそうです。
記録を書く目的は、
紙を埋めることではありません。
利用者さんの変化を共有し、
より良いケアにつなげることです。
レクリエーションも、
ゲームをすることではありません。
笑顔になること。
役割を持つこと。
交流すること。
生活に楽しみを持つこと。
そのための方法です。
つまり、
介護現場で行われる仕事の多くは、
目的ではなく手段なのです。
この考え方がヒヤリハットにもつながる
私は、この考え方はヒヤリハットにもつながると思っています。
例えば、転倒リスクが高いご利用者が、
いつの間にか立っていて、歩き出そうとした瞬間を発見したとします。
「見守りを増やそう」
「センサーを置こう」
「立ち上がらないようにするには?」
などと考えるだけでは、同じようなことが繰り返される可能性があります。
本当に考えるべきなのは、
- なぜ立とうとしたのか
- 何をしたかったのか
- どんな生活を送りたかったのか
- どのような支援があれば、安全にその目的をかなえられたのか
などではないでしょうか。
つまり、介助という手段を追加するのではなく、
生活を支えるという目的から、その行動の理由を想像することが重要なのです。
ヒヤリハットとは、
介助方法を反省するためだけのものではありませんし、
新たなルールや制限を増やすためのものでもありません。
利用者さんの生活をより良くするために、
私たちの支援を見直すツールであるべきなのです。
この考え方については、別の記事で詳しくお話しします。
介護職は「生活を支える専門職」
介護職は、
お風呂に入れる人でも、
食事を食べさせる人でもありません。
生活を支える専門職です。
だからこそ、
介助が必要な場面もあれば、
見守ることが必要な場面もあります。
待つことが必要な場面もあります。
あえて手を出さずに見守ることが、最も良い支援になることさえあります。
その判断をすることこそ、介護職の専門性なのだと思います。
変えて良いものと、変えてはいけないもの
利用者さんによって必要な支援は違います。
同じ利用者さんでも、その日の体調や気持ちによって必要な支援は変わります。
だからこそ、介助という手段は変わっても構いません。
しかし、その人らしい生活を支えるという目的だけは変わってはいけないのです。
まとめ
介護職の仕事を「介助」と考えると、
介助をこなすこと、終えることが目的になってしまいます。
しかし、本当の目的は違います。
その人が、その人らしく生活できるよう支えること。
介助、記録、レクリエーション、環境整備、情報共有。
それらはすべて、その目的を実現するための手段です。
介護という仕事は「何をしたか」だけではなく、
その支援によって「その人の生活がどう変わったか」を考える仕事なのだと思います。
だからこそ、介助の技術だけでなく
「なぜその介助をするのか」
「この支援によって、何を実現したいのか」
を問い続けることが、介護職にとって最も大切な姿勢なのではないでしょうか。
私たち介護職の業務は、介助を行うことだけではありません。
日々の介助を通じて、その人らしい生活を実現することなのです。
その視点を持ち続けることで、
「何をすればいいか」ではなく、
「何のためにそれをするのか」を考えられるようになります。
私は、その問いを持ち続けることこそが、介護職の専門性なのだと考えています。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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