※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症の方の意欲低下は「やる気がない」「怠けている」ということではありません。
その背景には、認知症による脳の変化や不安、自信の喪失、失敗体験の積み重ね、そして周囲との関わり方など、様々な要因が隠れています。
この記事では「何もしない人」として見るのではなく「動きたくても動けなくなっている人」として理解するための視点と、意欲を支えるための関わり方についてお伝えします。
【要点】
- 認知症の方の意欲低下が起こる本当の理由が分かる
意欲低下は単なる「やる気の問題」ではありません。認知症による脳の変化や不安、失敗体験、自信喪失など、背景にある様々な要因を解説します。 - 「何もしない人」ではなく“動けなくなっている人”として理解する視点が分かる
認知症の方の世界を通して、意欲低下の裏にある不安や葛藤、そして“静かなSOS”に気づくための考え方をお伝えします。 - 自信や役割を支えるための関わり方が分かる
小さな成功体験の積み重ねや役割づくり、「ありがとう」が持つ力など、その人らしさや意欲を支えるための実践的な関わり方を解説します。
【この記事で分かること】
・認知症の方に意欲低下が起こる理由と、その背景にある脳の変化や不安
・「何もしない」のではなく「動けなくなっている」という本人の世界
・自信や役割を支え、意欲低下を防ぐための関わり方のポイント
家族介護・介護職のどちらにも役立つ「なぜ動けなくなっているのか」を理解し、その人らしさを支えるための視点が学べます。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに
認知症の方が、
- 一日中座っている
- 趣味をやめてしまった
- 声を掛けても反応が薄い
- 外出を嫌がる
- 「どうでもいい」「別にいいよ」と言うことが増えた
そんな様子を見て、
「やる気がなくなってしまったのかな」
「もう年だから仕方ないよね」
「動いたりするのが大変なのかも」
と感じたことはないでしょうか。
また介護現場でも、
「以前はもっと活動的だったのに」
「最近は何もしたがらない」
「誘っても断られることが増えた」
といった言葉を耳にすることがあります。
しかし、その意欲低下は本当に「やる気の問題」なのでしょうか。
意欲低下は「やる気の問題」ではないかもしれません
認知症の方の意欲低下は、単なる性格や怠けではありません。
認知症による脳の変化や不安、失敗体験の積み重ね、周囲との関わり方など、様々な要因が重なって起こることがあります。
そして意欲低下は、怒りや徘徊のように目立つ症状ではないため、苦しさや困りごとが見逃されやすいという特徴もあります。
この記事では、
- なぜ認知症で意欲低下が起こるのか
- 本人の世界では何が起きているのか
- 周囲はどのように関われば良いのか
について、認知症ケアの視点から考えていきます。
意欲低下とは何か?
意欲低下というと、多くの人は「やる気がない状態」を想像するかもしれません。
しかし認知症における意欲低下は、単純にそう言い切れるものではありません。
例えば、
- 趣味をやめてしまう
- 人との会話が減る
- 外出を嫌がる
- 表情が少なくなる
- 自分から行動しなくなる
- 何事にも興味を示さなくなる
といった形で現れます。
周囲から見ると、
「何もしたくないんだな」
と見えるかもしれません。
ですが本人の中では、
「何をしたらいいのか分からない」
「どう始めればいいのか分からない」
「失敗するのが怖い」
「考えること自体が疲れる」
という状態になっていることも少なくありません。
つまり、
「できない」
というよりも、
「始められない」
「動き出せない」
という表現の方が近い場合もあるのです。
なぜ認知症で意欲低下が起こるのか
脳の働きの変化による影響
認知症では脳の様々な機能が少しずつ低下していきます。
意欲や行動の開始には、脳の複数の部位が関わっていますが、
その中でも前頭葉は、次のような働きに深く関わっています。
- 考える
- 判断する
- 計画する
- 感情を調整する
- 行動を始める
といった働きを担っています。
私たちは普段、
「お腹が空いたからご飯を作ろう」
「天気が良いから散歩しよう」
「今日はこれをやろう」
と自然に考え、行動しています。
しかし認知症によってこうした脳の働きが低下すると、
「何をしたらいいのか」
「どう行動すればいいのか」
を考えることが難しくなります。
その結果、
何もしたくないのではなく、
何をしたらいいのか分からなくなったり、
行動を始めることが難しくなったりするのです。
記憶障害による不安
認知症では記憶障害が起こります。
すると、
- やろうとしていたことを忘れる
- 手順を忘れる
- 約束を忘れる
- 物の場所を忘れる
ということが増えていきます。
私たちは失敗が続くと、自信を失います。
認知症の方も同じです。
例えば、
『料理をしようとしても手順が分からない』
『買い物に行こうとしても何を買うのか忘れてしまう』
『洗濯をしようとしても途中で分からなくなる』
そうした経験が積み重なると、
「やらない方が良いのではないか」
という気持ちが生まれることがあります。
周囲からは意欲が低下したように見えても、
本人にとっては失敗を避けるための防御反応なのかもしれません。
「分からない」が増え続ける苦しさ
認知症になると、
今まで当たり前に理解できていたことが少しずつ分からなくなっていきます。
- 今日が何日か分からない
- 今いる場所が分からない
- 相手が誰なのか分からない
- 会話の流れが分からない
こうした「分からない」は想像以上に大きなストレスになります。
もし私たちが突然知らない国へ行き、
言葉も分からず、
周囲の状況も分からず、
誰も知り合いがいない場所で生活しなければならなくなったらどうでしょうか。
常に緊張し、疲れ果ててしまうはずです。
認知症の方も同じような不安や混乱を抱えながら生活していることがあります。
そして人は疲れ切ると、
考えることをやめ、
動くことをやめ、
少しでもエネルギーを使わないようにしようとします。
意欲低下の背景には、
こうした「分からない世界」で生きる疲労感が隠れていることもあるのです。
外部からの刺激が減っていく
意欲低下は認知症そのものだけでなく、周囲の環境によっても進行することがあります。
特に施設では、
- 静かに過ごしている
- 訴えが少ない
- 呼び出しが少ない
方ほど、
「落ち着いている方」
と評価されやすい傾向があります。
一方で、
- 帰宅願望が強い
- 同じことを何度も聞く
- 不安の訴えが多い
- 怒りっぽい
方には多くの時間や人手が必要になります。
もちろんそれ自体は必要な支援です。
しかしその結果として、
静かな方との関わりが減ってしまうことがあります。
- 会話が減る
- 役割が減る
- 刺激が減る
- 張り合いが減る
すると意欲はさらに低下していきます。
そして意欲が低下すると、ますます静かになり、反応も少なくなります。
その結果、
「落ち着いている方」
「手がかからない方」
と評価されるようになることもあります。
しかしその静けさの裏には、不安や孤独、自信喪失が隠れていることもあるのです。
これは一見問題がないように見えて、実は大きな問題を孕んでいる負のスパイラルです。
もしかするとその方は落ち着いているのではなく、
諦めを抱えながら、静かにたたずんでいるのかもしれません。
成功体験が減っていく
認知症の方は失敗する機会が増えていきます。
そして周囲も、
良かれと思って先回りすることがあります。
- 危ないからやっておきますね
- 時間がかかるから代わりにやりますね
- 間違えると困るから職員がやりますね
もちろん優しさからの行動です。
しかしそれが続くと、
本人は成功体験を得る機会を失っていきます。
そして、
「自分にはできない」
という思いが強くなっていきます。
意欲とは、
「やればできるかもしれない」
という感覚の上に成り立っています。
成功体験が失われれば、意欲も少しずつ失われていくのです。
本人の世界では何が起きているのか
意欲低下について考える時、私たちはつい
「どうしたら動いてくれるだろう」
と考えてしまいます。
しかし、その前に考えたいことがあります。
それは、
「なぜ動けなくなっているのだろう」
という視点です。
認知症の方は、毎日のように自信を失う体験を繰り返しています。
例えば、
- 昨日できたことが今日はできない
- 物の名前が出てこない
- 家族の話についていけない
- 間違いを指摘される
- 手順が分からなくなる
そうした体験は、本人の中に少しずつ蓄積していきます。
周囲から見れば小さな出来事かもしれません。
しかし本人にとっては、
「またできなかった」
「また迷惑をかけた」
「また失敗した」
という体験です。
自分だったらどう感じるでしょうか
もし私たちが毎日のように失敗を繰り返し、
そのたびに誰かに指摘され、
自分でもうまくいかないことばかりだったらどうでしょうか。
きっと少しずつ、
「やらない方が楽だ」
と思うようになるのではないでしょうか。
認知症の方の意欲低下も、そうした積み重ねの中で起きていることがあります。
何もしたくないのではありません。
やりたくても自信が持てない。
動き出したくても怖い。
何をしていいか分からない。
そんな状態になっていることもあるのです。
意欲低下によって起こる困りごと
身体機能の低下
人は動かなければ、少しずつ身体機能が低下していきます。
筋力は落ち、
歩行能力は低下し、
疲れやすくなります。
するとさらに活動量が減り、
また筋力が落ちる。
こうした悪循環が起こります。
また、
- 転倒リスクの増加
- フレイル
- サルコペニア
- 便秘
- 食欲低下
- 昼夜逆転
などにも繋がっていきます。
意欲低下は心の問題だけではなく、身体にも大きな影響を与えるのです。
人との関わりが減る
活動量が減ると、人との関わりも減っていきます。
会話が減り、
笑顔が減り、
交流が減る。
すると刺激も減ります。
刺激が減れば、さらに意欲は低下していきます。
認知症ケアにおいて、
人との関わりは単なる暇つぶしではありません。
その人らしさを支える大切な要素でもあります。
その人らしさが見えにくくなる
趣味をしなくなる。
会話が減る。
笑顔が減る。
外出しなくなる。
すると周囲は「その人らしさ」を感じる機会も減っていきます。
しかし、その人らしさが失われてしまったわけではありません。
意欲低下によって、それが表現されにくくなっているだけなのかもしれません。
良かれと思った関わりが意欲を奪うこともある
介護職も家族も、
本人に楽をしてほしいと思っています。
失敗してほしくない。
困ってほしくない。
危険な思いをしてほしくない。
そうした優しさから、
つい手を出してしまうことがあります。
ですが、
それが結果的に意欲低下を進めてしまうこともあります。
例えば、
- 全部やってあげる
- 先回りして準備する
- 考える前に答えを伝える
- 時間がかかるので代わりにやる
こうした関わりが続くと、
本人は少しずつ役割を失っていきます。
そして、
「自分は何もしなくていい人」
になってしまいます。
もちろん支援は必要です。
しかし支援と代行は違います。
できることまで奪ってしまうと、意欲まで失われてしまうことがあるのです。
▼良かれと思って行う支援が、知らないうちに本人の役割や自信を奪い、意欲低下に繋がってしまうこともあります。
「できないことを支える」と「できることまで奪わない」の違いについて考えたい方はこちらの記事もご覧ください。
・やさしさが奪うもの 〜「なんでもやってあげる」介護の落とし穴と、プロとしての選択〜
意欲低下への関わり方
小さな成功体験を積み重ねる
意欲を取り戻すためには、
大きな成功は必要ありません。
むしろ小さな成功体験の積み重ねが大切です。
例えば、
- タオルを畳む
- 食器を運ぶ
- 洗濯物を仕分ける
- 花に水をあげる
そんな些細なことでも構いません。
大切なのは、
「できた」
という感覚です。
成功体験は自信を育てます。
そして自信は意欲へと繋がっていきます。
「やってもらう」ではなく「役割」を作る
人は誰かの役に立てる時に、生きがいや張り合いを感じます。
認知症になっても、それは変わりません。
だからこそ、
「座っていてください」
ではなく、
「手伝っていただけますか?」
という関わりが大切になります。
役割は、
その人の存在価値を思い出させてくれるからです。
「ありがとう」が意欲を支えることもある
役割をお願いした時は、どんな些細なことでも感謝を伝えてみてください。
本来、こちらがお願いしてやってもらったことですから、
「ありがとうございます」
と伝えるのは自然なことです。
しかし介護現場では、
「ケアとして提供している」
「支援してあげている」
という意識が強くなりすぎると、感謝を伝える機会が減ってしまうことがあります。
ですが、
「助かりました」
「ありがとうございます」
「○○さんのおかげです」
という言葉は、
本人にとって、
「自分は必要とされている」
「ここにいていいんだ」
「まだ誰かの役に立てる」
という感覚に繋がることがあります。
そしてその積み重ねが、
「またやってみよう」
という意欲を少しずつ引き出していくのかもしれません。
▼意欲は「必要とされている」「役に立てている」という実感から生まれることがあります。
残存能力を活かすことの本当の意味や、「ありがとう」が持つ力についてはこちらの記事で詳しくお伝えしています。
・「ありがとう」を取り戻すケア ~残存能力を活かす本当の意味~
急がせない
認知症の方は、
行動を始めるまでに時間がかかることがあります。
周囲から見ると、
「やらない」
ように見えるかもしれません。
しかし実際には、
頭の中で整理し、
理解し、
準備している途中なのかもしれません。
急かされると焦りが生まれます。
焦りは失敗を増やします。
そして失敗は意欲を奪います。
だからこそ、
待つことも支援の一つです。
「何もしない時間」を否定しない
意欲低下への支援というと、
何か活動を増やさなければならないと思うかもしれません。
しかし、
無理にレクリエーションへ参加させたり、
常に何かをさせたりすることが正解とは限りません。
大切なのは、
本人が安心して休んでいるのか、
それとも諦めて止まってしまっているのかを見極めることです。
静かに過ごす時間そのものが悪いわけではありません。
その時間の中で、本人がどんな気持ちでいるのかを理解しようとする姿勢が大切なのです。
意欲低下は「静かなSOS」かもしれません
怒りや帰宅願望は目立ちます。
歩き回ることも目立ちます。
だからこそ、
周囲も「困っているんだな」と気づきやすいのです。
しかし意欲低下は違います。
静かです。
目立ちません。
手もかかりません。
だからこそ、
苦しさが見過ごされやすいのです。
けれどその静けさの裏には、
- 不安
- 自信喪失
- 孤独
- 混乱
- 諦め
が隠れていることがあります。
私たちはつい、
「何もしない人」
として見てしまいがちです。
しかし本当は、
「何かをしたい気持ちはあるのに、動けなくなっている人」
なのかもしれません。
おわりに
認知症の方の意欲低下は、単なるやる気の問題ではありません。
脳の変化だけでなく、
- 不安や失敗体験
- 役割の喪失
- 周囲との関わり
- 刺激の減少
など、様々な要因が重なり合って起こります。
だからこそ大切なのは、
「どうしたら動いてくれるか」
ではなく、
「なぜ動けなくなっているのか」
を考えることではないでしょうか。
そして、
『小さな役割を持つこと』
『感謝されること』
『必要とされること』
そうした日々の積み重ねが、
認知症の方の意欲を支える力になるのかもしれません。
意欲低下は、静かなSOSです。
だからこそ私たちは、その静けさの奥にある声に耳を傾けていきたいものです。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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