※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症ケアでは「昨日までの正解」が今日も通用するとは限りません。
だからこそ介護職には“昨日の本人”にとらわれず、今の本人の状態に合わせて理解や関わりを更新していく力が求められます。
この記事では、ヘーゲルの「弁証法」や「止揚(アウフヘーベン)」という考え方を通して、認知症ケアにおける“変化”との向き合い方や、介護職の本当の成長について考えていきます。
【要点】
- “昨日の正解”に固執してしまう理由が分かる
介護職が成功体験や「前はできていた」という認識に引っ張られてしまう背景を整理し、なぜ“今の本人”が見えなくなるのかを解説します。 - 認知症ケアにおける「変化」と向き合う視点が分かる
ヘーゲルの「弁証法」や「止揚(アウフヘーベン)」をもとに、変化を“否定”ではなく“新しい理解への入口”として捉える考え方を紹介します。 - “寄り添い”と介護職の本当の成長とは何かが分かる
「この人はこういう人」と決めつけず“今の本人”を理解し直し続けることの大切さや、変化に合わせて関わりを更新していく姿勢について解説します。
【この記事で分かること】
・なぜ介護職は“昨日の正解”に引っ張られてしまうのか
・認知症ケアにおける「変化」と、どう向き合えば良いのか
・ヘーゲルの「弁証法」「止揚」を、介護現場でどう活かせるのか
家族介護・介護職どちらにも役立つ“今の本人”に合わせて関わりを更新していくための考え方を、分かりやすく解説しています。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに
介護の現場で働いていると、こんな経験はないでしょうか。
昨日まで、自分でトイレに行けていた方が、今日は失敗してしまう。
昨日まで笑顔で会話していた方が、今日は返事をしてくれない。
昨日まで穏やかだった方が、急に怒りっぽくなる。
そんな時、私たちはついこう考えてしまいます。
「昨日までできていたのに」
「なんで急に…?」
しかし、認知症ケアの現場では「昨日と同じ」が通じないことは珍しくありません。
むしろ“変化することは当たり前”なのです。
だからこそ介護職には「昨日の正解」を繰り返す力ではなく、
変化に合わせて理解を更新していく力が求められます。
この記事では、
哲学者ヘーゲルの「弁証法」や「止揚(アウフヘーベン)」という考え方をヒントにしながら、
- 介護職の成長とは何か
- 認知症ケアにおいて“変化”をどう捉えるべきか
- 「昨日までの本人」にとらわれない関わりとは何か
について、できるだけ分かりやすく考えていきます。
介護では「昨日の正解」が通じないことがある
認知症の方の状態は、日々変化します。
- 昨日できていたことが、今日は難しい
- 昨日伝わった言葉が、今日は届かない
- 昨日安心できた関わりが、今日は不安につながる
これは決して「特別なこと」ではありません。
認知症ケアの現場では、むしろ自然なことです。
しかし私たちは、どうしても「昨日までのその人」を基準にしてしまいます。
- 「前はできていた」
- 「いつもは大丈夫だった」
- 「この前は拒否しなかった」
この“昨日までの姿”に強く引っ張られてしまうと、今日の本人の状態を見失いやすくなります。
そしてそれが、
- 「なんでできないの?」
- 「さっき言ったでしょ」
- 「前はできたよね」
という言葉や態度につながることもあります。
しかし、本当に大切なのは「昨日できたかどうか」ではありません。
大切なのは、
「今、この瞬間の本人はどういう状態なのか」
を見ようとすることです。
なぜ私たちは“昨日の正解”に引っ張られてしまうのか
介護職は、うまくいった経験ほど強く記憶に残ります。
「この声掛けで安心してくれた」
「この関わりで落ち着いてくれた」
「この対応で拒否がなかった」
そうした成功体験は、介護職にとって大切な財産です。
しかし同時に、その成功体験が強いほど、
「前もうまくいったから、今回も大丈夫なはず」
という思考にもつながりやすくなります。
ですが認知症ケアでは、昨日の成功が、今日もそのまま通用するとは限りません。
だからこそ必要なのは、
“成功体験を捨てること”ではなく、
“成功体験に固執しすぎないこと”
なのです。
「昨日の本人」にとらわれると“今”が見えなくなる
例えば、昨日まで一人で歩けていた方が、今日は歩こうとしない場面を想像してみてください。
この時、
「昨日は歩けていたんだから、今日も歩けるはず」
という視点だけで関わると、
- 無理に促す
- 「頑張って」と押してしまう
- 本人の不安を軽視する
といった関わりになりやすくなります。
しかし、今日の状態を丁寧に見れば、
- 身体の疲労
- 痛み
- 不安感
- 環境の変化
- 見当識の低下
など、様々な背景があるかもしれません。
つまり「昨日の本人」を基準にし続けることで、
“今日の本人”に合わないケアになってしまうのです。
認知症ケアでは「できる・できない」を評価することよりも、
「今どんな状態なのか」を理解することが重要です。
ヘーゲルの弁証法を、介護に置き換えてみる
ここで少しだけ、哲学の話をします。
哲学者ヘーゲルは、人の理解や社会の発展について、
「ある考えが生まれ、それが矛盾にぶつかり、より高い理解へ進む」
という考え方を示しました。
これを「弁証法」と呼びます。
難しく聞こえるかもしれませんが、実は介護の現場にも、とても近い考え方です。
テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼとは
| 段階 | 意味 | 介護現場での例 |
|---|---|---|
| テーゼ | 今の“当たり前” | 「Aさんは自分で歩ける」 |
| アンチテーゼ | その常識を揺さぶる変化 | 「今日は歩こうとしない」 |
| ジンテーゼ | 新しい理解 | 「歩けない」のではなく“不安が強い状態”なのかもしれない |
つまり、
「昨日までの理解」
↓
「今日の変化」
↓
「新しい理解」
という流れです。
これは、認知症ケアそのものではないでしょうか。
介護職員の成長に置き換える
この弁証法を、介護職員の成長に置き換えると、さらに分かりやすくなります。
① テーゼ|昨日までの理解
まず、昨日までの本人像があります。
- 一人で食べられる
- トイレに行ける
- 会話ができる
- 歩行できる
これは、その時点では間違いなく“事実”です。
そして、その状態に合わせたケアが「正解」でした。
② アンチテーゼ|変化による“違和感”
しかしある日、
- 食べこぼしが増える
- 急に怒りっぽくなる
- 歩行を拒否する
- トイレを失敗する
という変化が起きます。
ここで重要なのは、
「できなくなった」
とだけ捉えないことです。
むしろ、
「何かが変わった」
という視点を持てるかどうかが重要になります。
この“違和感”が、介護職の成長の入口です。
③ ジンテーゼ|新しい理解と関わり
そして、変化を受け止めたうえで、
- 声掛けを変える
- 環境を調整する
- 介助方法を変える
- 不安への配慮を増やす
など、関わりを再構築していきます。
つまり、
「昨日までの理解」を捨てるのではなく、
「変化」を取り込んで、新しい理解へ進む。
これが「ジンテーゼ」です。
「否定して終わり」ではない。“止揚”という考え方
ここで重要なのが「止揚(アウフヘーベン)」という考え方です。
止揚とは、
「否定するが、契機として保存し、活かしながら超えていくこと」
を意味します。
つまり、
- 昨日のケアを全部否定する
- 「前のやり方は間違いだった」と切り捨てる
ということではありません。
むしろ、昨日の関わりがあったからこそ、今日の変化に気づけたとも言えるのです。
だから大切なのは、
- 昨日を捨てることではなく
- 昨日を土台にしながら
- 今に合わせて更新していくこと
です。
止揚=寄り添い
これは「寄り添う」ということにも通じています。
私たちは時に“寄り添う”ことを、
「相手を理解した状態」だと思ってしまいます。
しかし寄り添いとは、
「相手を理解し続けようとする姿勢」なのではないでしょうか。
昨日理解できていたとしても、今日も同じとは限らない。
だからこそ、
“分かったつもりにならず、理解や姿勢を更新し続けること”
それが、認知症ケアにおける「寄り添い」なのだと思います。
認知症ケアに「いつでも通用する正解」はない
認知症ケアでは「これが絶対の正解」というものは存在しづらいです。
なぜなら、本人の状態が変化し続けるからです。
だからこそ必要なのは、
- 固定された技術
- マニュアル通りの対応
だけではありません。
本当に必要なのは“変化を前提に思考ができる”ということです。
そして、それこそが介護職としての成長につながります。
だからこそ認知症ケアでは、
「一度うまくいった方法を繰り返すこと」よりも、
“その日、その瞬間の本人を見直し続けること”が求められます。
「前はできてたのに」は、時に本人を苦しめる
私たちは無意識に、
「前はできていた」
を基準にしてしまいます。
しかし、それを本人にぶつけてしまうと、
- 自信の喪失
- 不安
- 焦り
- 混乱
につながることがあります。
認知症の方の中には「できない自分」に強い苦しさを感じている方も少なくありません。
そんな時に必要なのは、
「前はできたのに」
という視点ではなく、
「今の状態に合わせて、どう支えるか」
という視点です。
小さな違和感に気づける人が、成長していく
介護の現場では、
- なんとなく表情が違う
- 少し反応が遅い
- 落ち着かない
- いつもより怒りっぽい
といった、小さな変化がたくさんあります。
これらを、
「気のせい」
で終わらせるのか、
「何か変化が起きているサインかもしれない」
と考えるのかで、ケアは大きく変わります。
そして、この“小さな違和感”こそが、
- 関わりを見直すきっかけ
- 新しい理解への入口
- 成長の種
になります。
成長とは「昨日の正解」に固執しないこと
介護職として経験を積むほど、
- 「この人はこういう人」
- 「この対応で大丈夫」
- 「いつものやり方」
という“慣れ”が生まれます。
もちろん経験は大切です。
しかし、その経験が強すぎると、
「今の変化」
を見えなくしてしまうことがあります。
本当の成長とは、
経験を持ちながらも、
“今”を見直し続けられること
ではないでしょうか。
介護職自身も変化し続ける存在
そして実は、変化しているのは利用者さんだけではありません。
介護職自身もまた、
悩み、
失敗し、
傷つき、
学びながら、
少しずつ変化しています。
新人の頃には見えなかったことが見えるようになり、
逆に、経験を積んだからこそ見えなくなるものもあります。
だからこそ大切なのは、
「自分はもう分かっている」
と思考を止めてしまうことではなく、
“自分自身も変化し続ける存在なのだ”
と理解することです。
介護職の成長とは、知識を積み重ねることだけではありません。
昨日までの自分の理解を超えながら、
今日の本人と向き合い直し続けること。
それこそが、介護職としての“成長”であり、一つの「止揚」なのだと思います。
まとめ|介護職の成長とは“今の本人”を、理解し直し続けること
介護の現場では、
「昨日の正解が、今日の正解とは限らない」
ということが日常的に起こります。
だからこそ必要なのは、
- 昨日に固執しないこと
- 変化を受け止めること
- 関わりを更新し続けること
です。
ヘーゲルの弁証法で言えば、
- テーゼ(昨日までの理解)
- アンチテーゼ(変化)
- ジンテーゼ(新しい理解)
を繰り返していくこと。
そして、その過程で、
「否定するが、保存し、活かしながら超えていく」
という止揚(アウフヘーベン)が起きていきます。
介護職の成長とは、知識が増えることだけではありません。
“今の本人”を理解し、自分の認識を改め続けられること。
昨日の本人を大切にしながら、
今日の本人に合わせて関わりを更新していくこと。
その積み重ねこそが、認知症ケアにおける本当の成長なのだと思います。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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