※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症ケアの本質は「症状」や「分類」ではなく“今、目の前にいるその人”にあります。
この記事では、知識を土台としながらも、それに頼りすぎず、その人の困りごとや人生の背景に寄り添うことで見えてくる「本当のケアのあり方」について解説します。
【要点】
- 「目の前のその人」を見ることの重要性が分かる
認知症ケアにおいて、分類や知識だけではなく“今のその人”に目を向ける必要性を解説します。 - 認知症の言動を「問題」ではなく「意味のある表現」として捉えられる
行動の背景にある不安や困りごとに気づくことで、関わり方が変わる視点を提示します。 - その人の人生や背景から、今の言葉や行動を理解する方法が分かる
「今」と「これまで」をつなげて考えることで、その人らしさに寄り添うケアのあり方を解説します。
【この記事で分かること】
・「分類」ではなく“その人自身”を見ることの大切さ
・認知症の言動を「問題」ではなく「意味のある表現」として捉える視点
・その人の人生や背景から、今の言葉や行動を理解する方法
家族介護・介護職どちらの立場でも、
“関わり方が変わるきっかけ”になる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
認知症ケアの本質は「目の前のその人」にある
「この方は、アルツハイマー型認知症だろうか」
「レビー小体型のような症状があるから、幻視が出ているのかな」
「前頭側頭型なら、感情の起伏に注意して接した方がいいかもしれない」
こうした“分類”や“特徴”を把握しながら認知症の方に関わろうとするのは、介護職にとって自然な姿勢です。
知識を持っておくことは、相手を理解するための第一歩になるからです。
しかし、私は現場で様々な認知症の方と関わる中で、こうも感じています。
どれだけ知識があっても、行き着くところは
「今、目の前にいるその人」を見つめることこそがもっとも重要、
ということです。
知識や分類は「地図」になる
認知症にはさまざまな類型があります。アルツハイマー型、脳血管性、レビー小体型、前頭側頭型……それぞれに特徴や経過、対応の工夫があります。たとえば
- アルツハイマー型:記憶障害が中心。出来事そのものを忘れてしまうことが多く、繰り返しの質問が増える。
- 脳血管性:できることとできないことの差が大きい。状態の変動が激しく、周囲の理解が求められる。
- レビー小体型:幻視が特徴的。見えないものが見えているため、否定せず安心させる関わりが大切。
- 前頭側頭型:感情や社会性のコントロールが難しくなる。行動の変化を「性格」と誤解されやすい。
こうした、各認知症に対する基本的な知識を知っているかどうかで、対応がスムーズになることも多く、トラブルの予防にもつながります。
つまり、知識は“地図”のようなもので、方向を見失わないための助けになります。
でも、地図だけだと目的地に辿り着けない
ただ、忘れてはならないのは「人は分類できない」ということです。
同じタイプの認知症でも、
“その人なり”の現れ方があります。
たとえば「同じアルツハイマー型」でも、感情の動き、言葉の残り方、家族との関係性によって症状の意味や現れ方は大きく違ってきます。
分類や知識に頼りすぎてしまうと、つい目の前の人を「枠」に当てはめてしまいます。
「この方は○○型認知症だから、きっとこういう反応をするはずだ」
——その“思い込み”が、かえってその人の本当の困りごとを見えなくしてしまうことも少なくありません。
知識は、対応のヒントをくれる道具でもあります。
ですが、使いこなすためには
「今、この人に何が起きているのか」を、毎回ゼロから観察し、感じる必要があります。
“わかっているつもり”が一番危険な理由
認知症ケアにおいて、最も注意しなければならないのは「わかっているつもり」になってしまうことです。
経験を重ね、知識が増えていくほど、私たちは無意識のうちに
「この方はこういうタイプだ」
「このパターンはこう対応すればいい」
と判断してしまいがちです。
しかし、その“慣れ”こそが、目の前のその人を見えなくしてしまう原因になります。
本来、認知症の症状は一人ひとり異なり、同じ人であっても日々変化します。
それにも関わらず、過去の成功体験や知識に頼りすぎてしまうと、変化に気づけなくなってしまうのです。
“知っている”ことに安心せず
“今どうか”を見続けること。
その積み重ねが、思い込みではなく、本当の理解につながっていきます。
見るべきは「この人が、今、何に困っているのか」
認知症ケアでいちばん大切なのは
「この人にとって、今、何が困りごとなのか」
「何が不安なのか」
を知ろうとする姿勢です。
たとえば「家に帰る」と言う人がいたとします。
その言葉をただの“帰宅願望の前兆”として、その方の言動を止めるのではなく、
- 今ここにいる場所がわからず、不安を感じているのかもしれない
- 慣れ親しんだ場所での安心感を求めているのかもしれない
- 実際に帰りたいわけではなく「今の状況に馴染めていない」ことを訴えているのかもしれない
と、その言葉の“奥”にある感情やニーズに気づけるかどうかが、ケアの質を左右します。
認知症の方の言動の多くは、自分の気持ちを伝えられず、必死に絞り出した「SOS」なのです。
それを「問題行動」として処理せず「困りごとのサイン」として見ていくことが必要です。
“問題行動”と呼ばれるものの正体
認知症ケアの現場では「問題行動」という言葉が使われることがあります。
しかし、その言葉の裏には、本来見なければならないものが隠れてしまっている可能性があります。
例えば、大声を出す、歩き回る、物を取ってしまう――こうした行動は一見すると“困った行動”に見えます。
けれど、その背景には必ず理由があります。
不安や恐怖、理解できない状況への戸惑い、身体的な不快感、あるいは誰にも気づいてもらえない孤独感。
それらをうまく言葉にできないからこそ、行動として表れているのです。
“問題”ではなく“意味のある行動”として見る
つまり、それは「問題」ではなく「表現」なのです。
この視点を持つことで、私たちの関わり方は大きく変わります。
行動を止めるのではなく、意味を理解しようとすること。
そこに、認知症ケアの質を高める大きなヒントがあります。
ケアの“正解”は、日々変わる
もう一つ、認知症ケアの難しさは「昨日まで通じていたことが、今日はうまくいかない」ということが頻繁にあるという点ではないでしょうか。
- 昨日は落ち着いて食事できたのに、今日は怒りっぽい
- 昨日は一緒に散歩できたのに、今日はベッドから出てきてくれない
こうした“変化”に対して「どうして昨日と違うんだろう」と戸惑うこともあります。
けれどそれは、認知症の自然な姿です。
むしろ『昨日と違うこと』は、私たち支援者の生活に当てはめてみても、当たり前なのではないでしょうか。
“昨日の続き”ではない世界を生きている
認知症の方にとっては「毎日が初対面のような世界」でもあります。
だからこそ、私たちも毎日「新しい目でその人を見る」ことが必要です。
同じ関わりが通じないなら、その日その時の“今の状態”に合わせて関わりを変えていく。
そうやって固定された正解ではなく「今のその人にとっての正解」を探していくのが、認知症ケアなのだと、私は思います。
「その人の人生」に立ち返ること
“その人らしさ”はどこにあるのか
「その人らしさを大切にする」という言葉は、介護の現場でよく使われます。
しかし、その“らしさ”とは何を指しているのでしょうか。
元気だった頃の姿でしょうか。それとも、今できていることの中にあるのでしょうか。
認知症が進行すると、できていたことができなくなり、言葉も減っていきます。
その変化を前にすると、つい「その人らしさが失われていく」と感じてしまうこともあるかもしれません。
ですが、本当にそうでしょうか。
たとえ言葉が減っても、表情や仕草、安心する瞬間、嫌がる反応――そこには確かに“その人らしさ”が残っています。
むしろ、余計なものが削ぎ落とされることで、その人の本質がより見えやすくなっているとも言えます。
だからこそ私たちは、「できなくなったこと」ではなく、「今、現れているその人」を見つめる必要があります。
“今”を理解するために、“これまで”を見る
知識やテクニックは確かに必要です。
でも、それ以上に大切なのは、
「この人は、どんな人生を生きてきたのか」
「どんな価値観を持ち、どんな言葉を大切にしてきたのか」
を、本気で知ろうとする姿勢です。
なぜなら、その人の過去や思い出こそが「今の不安」や「今の言葉」の背景にあるからです。
“行動の意味”は、人生の中にある
たとえば、いつも「子どもを迎えに行かなきゃ」と言う女性がいました。
ご本人の娘さんはもう大人ですが、話をよく聞くと、かつて教師をしており、毎日保護者に子どもを引き渡すのが日課だったそうです。
つまり、その方の言葉は「自分の責任を果たしたい」という気持ちから来ていたものであり、それに寄り添って「お仕事はもう終わりましたよ」「お母さん頑張りましたね」と伝えることで、表情が和らぎました。
このように“行動”だけを見ているとわからないことも、その人の“人生”に寄り添うことで見えてくることがあります。
それが、本当の意味で“その人らしさ”に寄り添うということなのではないでしょうか。
終わりに
認知症ケアは、知識と技術だけで成り立つものではありません。
知識は「地図」、技術は「道具」。
でも、その“地図”も“道具”も、目の前のその人を見て、適切に使わなければ、意味を持ちません。
症状を見る前に「人」を見ること。
分類に当てはめる前に「声」を聴くこと。
そして何より、
「今、目の前にいるその人」を見つめ続けること。
その積み重ねこそが、認知症ケアの本質であり、
支援者の有るべき姿ではないでしょうか。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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