※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
「早くして」「だめですよ」といった何気ない言葉は、単なる声かけではなく、認知症の方の“不安・混乱・拒否”を引き起こす可能性のあるケアの一部です。
この記事では、介護現場で日常的に使われる言葉がケアに与える影響と、安心や信頼につながる伝え方の視点について解説します。
【要点】
- 何気ない言葉が不安や拒否を生む理由が分かる
「早くして」「だめですよ」といった言葉が、なぜ認知症の方の混乱や不穏につながるのかを、心理や状態の特徴から読み解きます。 - 言葉がケアに与える影響と“スピーチロック”のリスクが分かる
言葉によって行動が制限されてしまう仕組みや、無意識の繰り返しがケアの質に与える影響について解説します。 - 安心や信頼につながる伝え方の視点が分かる
「止める」だけでなく「導く」声かけや、善意を適切に伝えるための考え方など、すぐに実践できる関わり方のヒントを紹介します。
【この記事で分かること】
・何気ない言葉が認知症の方の不安や拒否につながる理由
・「早くして」「だめですよ」などの言葉が与える具体的な影響
・安心や信頼につながる伝え方へと変えるための視点
家族介護・介護職のどちらでも、日常の声かけを見直し、ケアの質を高めるヒントがすぐに実践できる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに
介護施設で働いていると、日常の中で自然と口にしている言葉があります。
「早くしてください」
「危ないですよ」
「だめですよ」
「さっきも言いましたよ」
「ちゃんとやってください」
忙しい現場では、こうした言葉が思わず口から出てしまうことは珍しくありません。
むしろ多くの職員が「悪気なく」「安全のために」「仕事を回すために」使っている言葉だと思います。
しかし認知症ケアの視点で見ると、こうした言葉は本人の行動や感情を大きく変えてしまう可能性があります。
そして時には、その一言が
- 不穏
- 拒否
- 興奮
- 暴言
- 暴力
といったBPSD(行動・心理症状)のきっかけになることもあります。
この記事では、介護現場でよく聞く「何気ない言葉」を例にしながら、言葉が認知症ケアに与える影響について考えてみたいと思います。
何気ない一言が、認知症ケアを変えてしまう
「早くして」という言葉は誰のためのものか
介護現場で最もよく聞く言葉の一つが、
「早くしてください」
といった類の言葉ではないでしょうか。
朝の更衣
トイレ誘導
食事
入浴
レクリエーション
現場は常に時間との戦いです。
そのため、つい急がせる言葉が出てしまいます。
しかしここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
「早くして」という言葉は誰のための言葉でしょうか。
多くの場合、それは
- 業務を回すため
- 時間に間に合わせるため
- 次の介助に行くため
つまり職員側の都合であることが多いのです。
認知症の方は、症状の現れかたとして
- 動作がゆっくりになる
- 何をするのか途中で分からなくなる
- 一つ一つの行動に時間がかかる
という状態になりやすい傾向にあります。
そのような状態の方に「早くして」と言われると、
焦りや不安だけが増えてしまいます。
そして結果として
- 動きが止まる
- 混乱する
- 拒否する
ということが起こります。
急がせた結果、むしろ時間がかかるという場面は、現場でもよくあるのではないでしょうか。
「危ないから」という言葉は行動を止める
次によく聞く言葉が
「危ないからやめてください」
です。
確かに介護現場では、安全確保は非常に重要です。
- 転倒
- 誤嚥
- 事故
を防ぐために、危険な行動を止める必要がある場面はたくさんあります。
しかし「危ないから」という言葉は、実は非常に抽象的な言葉です。
認知症の方にとっては
- 何が危ないのか
- なぜ危ないのか
- どうすればいいのか
が分からないことも多いのです。
その結果、
「なんで止められるのか分からない」
「自分の行動を否定された」
という感覚だけが残ってしまいます。
そして
- 不満
- 怒り
- 不信感
につながることもあります。
● 危険を止めることと、行動を奪うことは違う
危険を止めることは必要です。
しかしその時に
「危ないからダメです」
と止めるだけではなく、
「こちらの方が歩きやすいですよ」
「手すりを使いましょうか」
など、行動の方向を示す言葉に変えることができるかもしれません。
「だめですよ」という言葉は関係を壊すことがある
「だめですよ」という言葉も、現場ではよく使われます。
- 立ち上がろうとしたとき
- 他人の部屋に入ろうとしたとき
- 物を取ろうとしたとき
思わず口にしてしまう言葉です。
しかしこの言葉には、
強い否定のニュアンス
があります。
認知症の方にとっては
- 行動を否定された
- 自分を否定された
と感じることもあります。
その結果、
- 反発
- 不穏
- 拒否
につながることがあります。
言葉は、無意識のうちに繰り返される
さらに怖いのは、この言葉が習慣化してしまうことです。
現場では、
「だめですよ」
「だめです」
「だめですよ」
という言葉が無意識に繰り返されることがあります。
言葉もまた、行動を縛ることがある
実はこうした言葉の繰り返しは、意図していなくても「行動を制限する関わり」になってしまうことがあります。
身体に触れていなくても、言葉によって動きを止めてしまう――
それは「スピーチロック」と呼ばれる状態に近いものです。
「だめですよ」「動かないでください」といった言葉が続くと、
本人は次第に「動いてはいけない」と感じるようになります。
気づかないうちに自由を奪ってしまう可能性があるからこそ、
言葉の選び方には、慎重さが求められるのかもしれません。
「さっきも言った」という言葉は本人を追い詰める
「さっきも言いましたよ」
「何回言ったら分かるんですか」
これは、介護職員がつい言ってしまう言葉の中でも、
最も強いストレスを生む言葉の一つかもしれません。
認知症の方は
覚えていないから同じことを繰り返します。
つまり
「何回言ったら」
という言葉は、
できないことを責めている言葉
になってしまいます。
これは例えるなら、
- 目が見えない人に「ちゃんと見てください」と言う
- 耳が聞こえない人に「よく聞いてください」と言う
ようなものです。
悪気はなくても、
本人にとってはとてもつらい言葉になります。
「ちゃんとして」という言葉は意味が伝わらない
「ちゃんとして」
という言葉もよく聞きます。
しかしこの言葉は、実は
とても曖昧な言葉
です。
「ちゃんと」という基準は
- 人によって違う
- 状況によって違う
ものです。
認知症の方にとっては
「何をどうすればいいのか分からない」
ということが起こります。
その結果、
- 混乱する
- 動きが止まる
- 怒る
ということがあります。
言葉はケアの質そのもの
介護という仕事は、
- 移乗
- 食事
- 入浴
などの「技術」に目が向きがちです。
しかし実際には、
言葉そのものがケア
と言っても過言ではありません。
同じ場面でも、
言葉が変わるだけで
- 本人の安心感
- 行動
- 表情
- 関係性
が大きく変わることがあります。
そしてそれは結果として
- BPSDの減少
- 拒否の減少
- 事故の減少
にもつながることがあります。
「言葉」を見直すことはケアを見直すこと
介護現場では、
- 忙しさ
- 人手不足
- 業務量
などの理由から、
言葉が荒くなってしまうことがあります。
しかしそれは
職員が冷たいからではありません。
むしろ多くの職員は
「事故を起こしたくない」
「安全に過ごしてほしい」
という思いで声をかけています。
だからこそ大切なのは、
職員を責めることではなく、
言葉を見直す視点を持つこと
だと思います。
ほんの少し言い方を変えるだけで、
ケアの質は大きく変わることがあります。
善意が、伝わらないこともある
ここで大切なのは、これらの言葉の多くが「悪意」ではなく「善意」から生まれているということです。
事故を防ぎたい。
安全に過ごしてほしい。
スムーズにケアを進めたい。
その思い自体は、とても大切なものです。
しかしその善意が、伝え方によっては相手にとって負担やストレスになってしまうことがあります。
だからこそ必要なのは、思いを変えることではなく、
伝え方を整えることなのではないでしょうか。
おわりに
介護施設には、長い年月の中で生まれた「当たり前」がたくさんあります。
その中には、
- 効率を優先する習慣
- 安全を守るためのルール
- 現場を回すための工夫
も多く含まれています。
しかしその「当たり前」が、
知らないうちに認知症ケアの質を下げてしまうこともあります。
今回紹介した言葉も、その一つかもしれません。
もう一度、思い出してみてください
今日一日を振り返ったとき、
私たちはどんな言葉を使っていたでしょうか。
「早くして」
「危ないから」
「だめですよ」
その一言は、
その方にとってどんな意味を持っていたでしょうか。
安心だったのか。
不安だったのか。
それとも、何も感じなくなるほど繰り返されていたのか。
言葉は、目に見えません。
形にも残りません。
だからこそ気づかないうちに、
その人の一日や気持ちを変えてしまうことがあります。
ほんの少し変えるだけでいい
もし明日、同じ場面があったとき。
ほんの少しだけ、言葉を変えてみる。
ほんの少しだけ、伝え方を変えてみる。
それだけで、相手の表情が変わるかもしれません。
関係が変わるかもしれません。
そして、ケアそのものが変わるかもしれません。
「寄り添う」とは何か
私たちはよく、「寄り添う」という言葉を使います。
でも、寄り添うとは何でしょうか。
相手の隣にいることなのか。
相手の気持ちを理解することなのか。
もしかするとそれは、
相手に届く言葉を選ぶこと
なのかもしれません。
どれだけ良い思いを持っていても、
どれだけ安全を考えていても、
その言葉が相手に届かなければ、
それは寄り添いとは言えないのかもしれません。
言葉は小さなものです。
けれどその小さな積み重ねが、
その人の一日をつくり、
その人の安心をつくり、
その人らしさを支えていきます。
そしてきっと、
私たちの言葉は、その人の“世界”をつくっているのかもしれません。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
もしこの記事を読んで「自分の言葉を少し見直してみよう」と感じた方は、こちらの記事も参考にしてみてください。
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