介護施設の“当たり前”を見直す⑧ 〜そのケア、本当に本人のため? 「施設の都合」を見直す5つの視点〜

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※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。

ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。

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📝 この記事の要約

【この記事で伝えたいこと】

介護施設で当たり前に行われているケアの中には、知らず知らずのうちに「施設の都合」になってしまっているものがあります。
本記事では、テレビ・更衣・消灯・室温・車椅子といった日常の関わりを通して、“その人の生活”という視点を取り戻し、ケアの本質を見つめ直すための考え方と実践のヒントを解説します。


【要点】

  1. 日常のケアが「施設の都合」になってしまう理由が分かる
    安全・効率・人員配置といった正しい理由が積み重なることで、いつの間にか“その人の生活”からズレてしまう構造を読み解きます。
  2. テレビ・更衣・消灯・室温・車椅子に潜むズレと影響を解説
    現場でよくある5つの場面を通して、尊厳・快適さ・自立にどのような影響があるのかを具体的に理解できます。
  3. “その人の生活”に立ち返るための判断と関わり方が分かる
    声かけや選択肢の提示など、日々の関わりを見直す実践的な視点と、「施設都合」とのバランスを取るための考え方を解説します。

【この記事で分かること】

・介護施設の“当たり前”が「施設の都合」になってしまう理由
・テレビ・消灯・室温・更衣・車椅子など、日常ケアに潜むズレの具体例
・「その人の生活」に立ち返るための判断の視点と声かけの工夫

介護職・家族のどちらでも、日々の関わりを見直し、その人らしい生活を支えるケア判断がすぐに実践できる内容です。

※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。

はじめに

介護施設は「生活の場」です。

しかしその生活が、
いつの間にか「施設の都合」になってしまっていないか。

これは、どの現場にも必ず存在する問いです。

・安全のため
・効率のため
・職員配置のため

一つひとつは“正しい理由”です。

ですが、それが積み重なったとき、
気づかないうちに

「本人の生活」ではなく「施設の運営」になってしまう

そんな瞬間が生まれます。

今回は、現場でよく見られる5つの“当たり前”を通して、
「施設都合の生活」について考えていきます。

テレビが“勝手に変わる”

リビングでテレビを見ているとき、

・職員が好きな番組に変える
・他の利用者に合わせて変える
・なんとなくニュースに固定される

こうした光景は珍しくありません。

もちろん、

・全員の好みを合わせるのは難しい
・場の統一感が必要

という事情もあります。

ですが、テレビはただの娯楽ではなく、

・懐かしい記憶に触れる
・安心できる時間
・生活のリズム

を支える“日常の一部”でもあるのです。

その一瞬に、その人らしさは守られているか

また、テレビを見ている方に断ることなく、

「こっちの番組の方が好きだろう」

といった思い込みで、チャンネルを変えてしまう場面はないでしょうか。

自分に置き換えて考えてみてください。

たとえ相手にとっては気づかいであっても、
見ていた番組を勝手に変えられて、それを「ありがたい」と感じるでしょうか。

こうした一見ささいなやり取りの中にこそ、
相手への敬意や、尊厳をどう捉えているのかが表れます。

そしてもちろん、
職員の都合や好みで番組を変えてしまうことは、
論外と言わざるを得ません。

トイレで更衣するという“効率”

トイレ誘導のついでに

・ズボンを替える
・パッド交換だけでなく衣類も交換する

これも現場でよくあることではないでしょうか。

その理由は明確です。

・移動の手間を減らす
・時間を短縮する
・職員数が足りない

ですが、

トイレは本来“排泄の場”であって
“更衣の場”ではありません。

・におい
・衛生環境
・心理的な不快感

これらを考えたとき、

それは本当に“その人にとって自然な生活の支援”でしょうか。

その判断は、本当にその人のためか

もちろん、すべての場合において
トイレでの更衣が不適切とは言い切れません。

例えば、

・下肢筋力が低下しており、立ち座りを何度も繰り返すことが大きな負担になる場合
・就寝直前で、排泄の失敗により衣類が濡れてしまい、速やかな対応が必要な場合

こうした状況では、トイレでの更衣が現実的な選択となることもあるでしょう。

しかしそれでも、その判断は“当然の流れ”としてではなく、
一つひとつ慎重に検討されるべきものです。

そして、トイレで更衣を行う場合であっても、

・着替える衣類が床に触れないようにする
・本人の意向や羞恥心に十分配慮する

といった基本的な配慮が求められます。

「やってもいい場面がある」ことと、
「何も考えずにやっていい」は全く別です。

“消灯時間”というルール

多くの施設にある「消灯時間」

・21時だから寝る
・電気を消す
・テレビを消す

一見すると当たり前のルールです。

しかし、

・夜型の人
・眠れない人
・まだ起きていたい人

にとってはどうでしょうか。

「寝る時間まで管理されている」状態になっていないでしょうか。

もちろん、

・夜勤体制
・見守りの限界

といった現実もあります。

ですが、

それは「安全のため」でしょうか?

それとも「管理のため」でしょうか?

その人らしい過ごし方がある

私たち自身もそうですが、
寝る時間は人それぞれです。

もちろん、どのように過ごすかも人それぞれです。

・部屋に戻り、一人の時間を過ごしたい人
・共用部でゆっくりくつろぎたい人
・誰かと話しながら、笑いながらテレビを見たい人

そうした時間の積み重ねこそが、
その人の「生活」なのではないでしょうか。

電気がついていることや、共用部に人がいることが、
誰かに迷惑をかけているわけではないのであれば、

自由に過ごせる余地を残すことも、
施設に求められる大切な役割ではないかと思います。

私たちが「当たり前」と感じていることを、
一度立ち止まって考え直し、
その人にとっての「当たり前」に組み立て直して、
最善を考え、選び、届け続けること。

それもまた、
専門性の一つなのではないでしょうか。

室温は誰のためのものか

施設では室温が一定に保たれています。

・エアコンの設定温度
・季節ごとの基準

これも重要な管理です。

ですが、

・寒がりの人
・暑がりの人
・体感温度が異なる人

にとってはどうでしょうか。

「快適」は人によって違うものです。

であるにもかかわらず
“施設の基準”で一律に管理されていることが、多いのではないでしょうか。

同じ空間でも、感じている温度は違う

職員は日中、動いている時間が多いため、
ご利用者よりも「暑い」と感じやすい傾向があります。

一方で、ご利用者は椅子や車椅子に座っている時間が長く、
身体の位置も職員より低くなることが多いため、
同じ室温であっても、寒さを感じやすい状況にあります。

つまり、

職員が「ちょうどいい」と感じる温度が、
必ずしもご利用者にとって快適とは限らない
のです。

だからこそ、

室温を一律で管理するだけでなく、
ひざ掛けや衣類の調整など、個別の工夫が求められます。

さらに、

使っていない部屋や休憩スペースなどを、
職員にとって過ごしやすい温度に整えておくことで、
暑さや寒さを感じた際に一時的に退避できる環境をつくることも、
一つの現実的な工夫と言えるでしょう。

“職員が我慢する”あるいは“ご利用者が我慢する”のではなく、
環境を分けることで両者にとっての快適を両立する、という視点も重要です。

車椅子に“座らされ続ける”

・移動が楽だから
・転倒リスクを減らすため
・見守りやすいから
・自分で好きな所に行けるから

こうした理由で、

必要以上に車椅子に座っている時間が長くなるケースがあります。

しかし、

・身体機能の低下
・褥瘡リスク
・不快感、落ち着かなさの増加

という観点からも、
車椅子に座りっぱなしになっているということは、実は非常に重要な問題なのです。

車椅子は“椅子”ではない

確かに、車椅子に座っていれば
食事もできますし、活動にも参加できます。
一見すると「生活はできている」ように見えるかもしれません。

ですが、車椅子は“椅子”ではありません。

あくまで移動を補助するための福祉用具であり、
長時間快適に過ごすことを前提に作られているものではないのです。

例えば、

・座面はクッション性よりも張りを優先した構造になっている
・アームレストも“安楽に過ごすため”ではなく、安全性を考慮した作りになっている

こうした構造の椅子に長時間「座り続ける」ことは、
本当に快適と言えるのでしょうか。

本人の状態によっては、

・認知症の進行により理解が難しい
・立ち上がること自体が困難
・安全面から車椅子使用が必要

といった事情もあるでしょう。

しかしそれでも、

“座ることを目的とした椅子に座り直す”という視点を持つこと。

それが、私たちが目指すべき支援の一つではないでしょうか。

私たちに必要な視点は
「過ごせているから良い」のではなく
「心地よく過ごせているか」を考えることではないでしょうか。

「施設都合」はなぜ生まれるのか

ここまで見てきた内容は、
どれも現場では“よくあること”です。

そして重要なのは、

どれも“悪意”ではないということです。

むしろ、

・安全を守ろうとしている
・業務を回そうとしている
・精一杯やっている

その結果です。

だからこそ難しい問題になってしまっているのです。

そして「悪いことをしている」という自覚がないまま、
安全と快適のズレが、ゆっくりと広がっていくのです。

私たちはときに“運営”をしている

本来、介護は「生活を支える仕事」です。

ですが現実には、

・時間に追われ
・人手に制限され
・業務に追われ

いつの間にか

「生活」ではなく「運営」をしてしまっていることに、気付かない瞬間がある。

これは、どの現場にもある構造です。

そしてこれは、

個人の問題ではなく、仕組みの問題です。

だからこそ必要なのは“気づき”

すべてを理想通りにすることはできません。

・人手は限られている
・時間も限られている

ですが、

「これは施設都合かもしれない」と気づけること

これが、現場を変える第一歩です。

【なぜ起こるのか(背景)】

■ 人手不足
限られた人数で回すため、効率優先になりやすい

■ 教育不足
「なぜそれをするのか」が共有されていない

■ 文化
“それが当たり前”として受け継がれている

【現場でできるワンアクション】

・テレビを変える前に「今これで大丈夫ですか?」と一言確認する

・更衣は“ついで”で行わず「ここで着替えますか?それとも部屋に戻りますか?」と選択肢を示す

・消灯時間でも「もう少し起きていますか?」と一度、意思を確認する

・室温は一律で合わせるのではなく「寒くないですか?」「暑くないですか?」と個別に声をかける

・車椅子は“座りっぱなし”を前提にせず「少し楽な椅子に移ってみませんか?」と提案してみる

👉 ポイント
“やり方を変える”より、“声かけを1つ変える”ことから始める。

おわりに

「施設の都合」は、完全に無くすことはできません。

それは、現実として必要なものでもあります。

ですが、

それに気づかないことが一番の問題です。

・これは誰のためのケアか
・これは本当に必要か
・他に方法はないか

この問いを持ち続けること。

それこそが、プロとしての介護のスタートなのかもしれません。

そして――

ほんの一言の声かけや、
ほんの少しの関わり方の違いが、

その人の一日を、
その人の「生活」に戻していくのかもしれません。

今日、あなたが何気なく行っているその支援は、

“施設の都合”でしょうか。

それとも“その人らしい生活”でしょうか。

その答えは、いつも現場の中にあります。


👉 “施設の都合”になっていないか振り返りたい方へ

特におすすめ
⑤ プライバシー・尊厳編
 → “その人らしさ”を守る視点を深めたい方へ

⑥ 自立支援・関わり方編
 → 関わり方が生活に与える影響を見直したい方へ

👉 「施設の都合」から「その人の生活」へ視点を変えたい方へ
⑨ ケアの本質・価値観編(総まとめ)

ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。

詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!

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