介護施設の“当たり前”を見直す⑦ 〜『安全のため』が奪ってしまうものとは?〜

チームケアを磨くために
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※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。

ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。

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📝 この記事の要約

【この記事で伝えたいこと】

「安全のため」という理由で行われているケアの中には、知らず知らずのうちに生活の質(QOL)やその人らしさを損なってしまっているものがあります。
この記事では、施錠・環境・関わり方・生活の場面を通して、安全とQOLのバランスをどう捉え、どう考え続けるべきかという視点を解説します。


【要点】

  1. 「安全のため」が思考停止につながる理由が分かる
    施錠や日常ケアの背景にある職員側の心理や現場の事情から「なぜ当たり前になってしまうのか」を読み解きます。
  2. 小さな関わりや環境がQOLと信頼に与える影響が分かる
    汚れたままの使用や外に出ない生活、拒否のラベリングが、本人の生活の質だけでなく家族の信頼にどう影響するのかを具体的に解説します。
  3. 安全と生活の質(QOL)を両立するための考え方と実践の視点が分かる
    「本当に必要な制限とは何か」「その人らしさをどう守るか」といった考え方と、現場ですぐに活かせる判断の視点を解説します。

【この記事で分かること】

・「安全のため」が思考停止につながる理由と、そのリスク
・施錠・環境・関わり方の中で、QOLを損なわないための具体的な視点
・安全と生活の質(QOL)を両立するための考え方と現場での判断基準

家族介護・介護職のどちらでも、日々のケアの中で「守るケア」と「奪わないケア」を見極め、すぐに実践できる内容です。

※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。

はじめに

介護施設は「安全を守る場所」です。

  • 転倒を防ぐ
  • 事故を防ぐ
  • 命を守る

これは、間違いなく最優先の役割です。

しかしその一方で、こうも言われます。

「ここは生活の場です」

この2つは、常に同じ方向を向いているわけではありません。

安全を優先すれば、自由は制限される。
自由を尊重すれば、リスクは上がる。

この矛盾の中で、私たちは日々判断を迫られています。

そして気づかないうちに、

👉「安全のためだから仕方ない」
👉「施設なんだから当然」

という“当たり前”が積み重なっていきます。

今回は、

・施錠
・汚れたままの使用
・拒否のラベリング
・外に出ない生活

という4つの視点から、

「安全」と「生活の質(QOL)」のバランスを考えていきます。

施錠 〜安全のための制限は、どこまで許されるのか〜

施設の出入口が施錠されている。

これは、多くの現場で“当たり前”です。

理由は明確です。

・玄関や階段による事故防止
・単独で外に出てしまうリスク
・気付くのが遅れてしまい行方不明の危険
・職員が対応で離れることで残った方の安全が手薄になる

どれも重大事故につながる可能性があります。

しかしここで、一度立ち止まりたいのです。

「これは本当に、その人のための施錠か?」

施錠は、

👉外に出られない
👉自由に移動できない

という意味で、行動の制限です。

極端に言えば、それは「身体拘束」に近い側面も持ちます。

現実として避けられない制約

もちろん現実として、

・人員配置
・立地条件
・周囲の環境

によって、完全な開放が難しいことも分かっています。

だからこそ重要なのは、

👉施錠していることを「当たり前」にしないこと
👉その理由を説明できること

です。

さらに言えば、

・見守り体制の工夫
・時間帯による開放
・個別対応

など、

「制限を減らす努力」があるかどうか。

ここが、単なる管理か、ケアかの分かれ目です。

「安全のため」が思考停止を生んでいないか

また、ご利用者の安全のためという大義名分が先に立ち、

  • 「なぜ入口のカギを閉めるのか?」
  • 「もしかしたら開けたままでも良いのではないか?」

といった視点を、持たなくなってはいないでしょうか。

安全を守るために行動に制限をかけることは、確かに必要な場面もあります。

しかしその考えが当たり前になると、

👉「制限することが前提」
👉「疑う必要がない」

という状態に、知らず知らずのうちに陥ってしまう可能性があります。

そしてそれは、

気づかないうちに“身体拘束の入り口”に立っている状態とも言えるのではないでしょうか。

それでも、問い続けるべきこと

だからこそ、

👉その施錠は本当に必要なのか
👉他に方法はないのか

をチームで見直す機会を持つことが重要です。

それは単にリスクを下げるためではなく、

自分たちのケアに誇りを持つための第一歩なのかもしれません。

それを考えなくなったとき、私たちは、

「守っている」のではなく、

「管理している」だけになっているのかもしれません。

汚れたまま使用する 〜“少しくらい”が積み重なるとき〜

シーツが少し汚れている。
リハパンが少し湿っている。

そんなとき、

「まだ大丈夫」
「忙しいから後で」

と判断してしまうことはないでしょうか。

一つひとつは、小さなことです。

ですがこれを『自分だったらどうか?』で考えてみるとどうでしょう。

少し濡れた下着のまま過ごす。
汚れたシーツで寝る。

それは決して「快適な生活」とは言えません。

ここで見落とされがちなのは、

命に関わるリスクではない → だから優先順位が下がる

という思考です。

しかし、QOL(生活の質)は、こうした“小さな快・不快”の積み重ねで、いとも簡単に低下してしまうのです。

「分からない」という前提で見ていないか

そしてもう一つ大切なのは、

👉「どうせ分からない」
👉「訴えないから大丈夫」

という無意識の前提です。

これは非常に危険です。

なぜなら、

“感じていない”のではなく、“伝えられない”だけかもしれないからです。

この違いに気づけるかどうかが、ケアの質を大きく左右します。

その“ひと場面”が信頼を左右する

またこれらは、ご本人のQOLの低下だけの問題ではありません。

  • ご家族の満足度の低下
  • 施設に対する不信感の増大

にも繋がっていくという視点を、忘れてはいけません。

特に気を付けたいのは、

「自分の家族ではなくても、他のご利用者の様子を見て不安になる」という点です。

例えば、

  • 衣類が汚れたまま過ごしている
  • 臭いがするのに対応されていない
  • ベッドの上や部屋の中が乱雑になっている

などの様子を目にしたとき、

「もしかしたら、うちの親も同じように扱われているのではないか」

と感じてしまうことは、決して少なくありません。

そして現場は時に、

👉たまたまその瞬間を見られる
👉その“ワンシーン”だけで評価される

という厳しさの中にあります。

普段どれだけ丁寧なケアを行っていても、その一場面だけが切り取られ、
それが、施設全体の評価に繋がってしまうこともあるのです。

信頼は日常の積み重ねで守られる

だからこそ、

👉日々の意識
👉行動の積み重ね
👉チームとしての仕組みづくり

が重要になります。

それらがあって初めて、何かあったときにも、

「私たちはこういう考えでケアをしています」

と、根拠を持って伝えることができます。

そして同時に、

「不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」
「普段はこのようなことがないように気を付けています」

といった形で、

👉その場面に対する謝罪
👉日常のケアへの姿勢

の両方を、誠実に伝えることができるのではないでしょうか。

拒否ラベリング 〜“その人の意思”を見落としていないか〜

「この人は拒否が強い」
「この人は何でも嫌がる」

現場ではよく聞く言葉です。

確かに、ケアを受け入れてもらえない場面はあります。

しかしここで一度考えたいのは『その“拒否”は本当に拒否なのか?』ということです。

例えば、

・タイミングが合っていない
・説明が不足している
・関係性ができていない
・やり方が合っていない

こうした要因でも、人は拒否を示します。

つまり、

👉拒否=問題行動

ではなく、

👉拒否=メッセージ

である可能性があるのです。

しかし「拒否がある人」とラベリングしてしまうと、

  • どうせ嫌がる人
  • 対応が大変な人

という見方に変わっていきます。

その瞬間に、その人の意思や理由を考える視点が抜け落ちてしまう。

これは、安全とは別のところで、

“その人らしさ”を奪ってしまうリスクです。

レッテル貼りが関わりを奪う

介護施設では、集団生活が基本となります。

その中で、

『職員が行おうとしているケア』と『ご本人が今やりたいこと』

が噛み合わない場面は、決して少なくありません。

しかしそのときに、

「拒否する人」というレッテルが貼られてしまう可能性があります。

本来であれば、

👉なぜ今は受け入れられないのか
👉どうすれば関われるのか

を考えるべき場面であっても、

ラベリングが起きた瞬間に、

  • どうせ嫌がる人
  • 対応が大変な人

という認識に変わってしまいます。

そしてその認識は、

  • 関わる回数が減る
  • 関わり方が雑になる

といった形で現れ、

結果として、その人らしさを引き出す機会そのものが失われていくのです。

レッテルが『その人』を作り上げてしまう

さらにいえばこれは、

👉その人の状態が悪化していく
👉「やっぱりこの人は拒否が強い」と再認識される

という“負の循環”を生み出すリスクすらはらんでいます。

だからこそ、

こうした安易なレッテル貼りが起きていないかを見直すことは、

リーダーや管理者に求められる重要な視点なのではないでしょうか。

外に出ない生活 〜守られた空間は、本当に豊かな生活か〜

暑いから外に出ない。
寒いから外に出ない。
危ないから外に出ない。

これもまた、多くの現場で見られる光景です。

確かに、

・熱中症
・転倒
・体調悪化

といったリスクはあります。

しかし、

外に出ることで得られるものも大きいはずです。

・季節を感じる
・気分転換
・身体機能の維持
・生活リズムの形成

これらは、生活の質そのものです。

リスクをなくすことが、生活を奪っていないか

ここで考えたいのは、

リスクをゼロにすることが目的になっていないか

ということです。

リスクを完全に排除しようとすると、生活はどんどん制限されていきます。

そして最終的には、

安全だけど何もない生活

になってしまう可能性があります。

それは本当に、

その人にとって幸せな生活でしょうか。

四季を感じるという“当たり前”を守れているか

たとえ認知症になっても、
たとえ要介護状態になっても、

夏は暑くて、冬は寒い。

この感覚は、その人が生まれてから今まで、ずっと変わらずに持ち続けてきたものです。

暑さや寒さを感じること。
季節の移り変わりに触れること。

それは単なる“外出”ではなく、

その人がその人らしく生きてきた時間とつながる、大切な感覚です。

しかし、

  • 外に出る機会が減る
  • 生活が施設の中だけで完結する

といった状況が続くと、

こうした刺激は、少しずつ希薄になっていきます。

そして気づかないうちに、

  • 季節を感じる機会
  • 外の空気に触れる機会

そのものが失われてしまうのです。

安全を守ることと、奪わないこと

もちろん、安全への配慮は必要です。

ですが、

👉暑いから出ない
👉寒いから出ない

だけで判断してしまうと、

その人が長い人生の中で当たり前に感じてきたものまで、切り取ってしまうことになるのではないでしょうか。

四季を感じること。
外の空気に触れること。

それもまた、

“生活を支えるケア”の一つなのではないでしょうか。

安全に守られた空間の中で、季節を感じる機会まで失われていないか。

私たちは、そこにも目を向ける必要があるのかもしれません。

安全とQOLは“対立”ではなく“調整”するもの

ここまで見てきた4つの項目はすべて、

👉安全を取るか
👉生活の質を取るか

という二択に見えます。

しかし実際は、

どちらかを選ぶものではありません。

大切なのは、

  • どこまでリスクを許容するか
  • どこまで自由を守るか

という“調整”です。

そしてその調整は、

・本人の状態
・家族の意向
・施設の体制

によって変わります。

つまり、

正解は一つではない。

だからこそ、

  • 考え続けること
  • 話し合い続けること

これ自体が、

専門職としての役割なのだと思います。

【なぜ起こるのか(背景)】

この問題の背景には、いくつかの要因があります。

① 人手不足

余裕がない中では、

👉効率
👉事故防止

が優先され、

生活の質まで手が回らなくなります。

② 教育不足

・なぜそれが問題なのか
・どうすればいいのか

が共有されていないと、

「昔からこうだから」という文化が残り続けます。

③ 施設文化

一度「当たり前」になると、

それを疑う機会は減ります。

そしてそれが、

新人にも引き継がれる

ことで、固定化していきます。

【現場でできるワンアクション】

・月に1回「この施錠は本当に必要か?」をチームで話題にする
・ケアの前に1秒「これ、自分だったら嫌じゃないか?」と考える
・拒否された場面で「なぜ今ダメだったか」を1つだけ記録に残す
・週に1回、誰か1人に「外の空気に触れる機会」を意図的につくる
・「安全のため」と思ったときに「誰の、何の安全か?」を言葉にする

おわりに

安全を守ることは、介護の大前提です。

しかし、

安全だけを守ることが、良い介護ではありません。

その人らしく生きること。
日常の中で、快を感じられること。

それらを守ることも、同じくらい大切です。

だからこそ私たちは、

『安全』か『QOL』か

という問いに対して、

簡単に答えを出してはいけないのだと思います。

安全を守ることは、間違いなく大切です。

ですがその中で、

何を守り、何を手放しているのか

それを見失ってはいけないのではないでしょうか。

迷いながら、考え続けること。

その積み重ねが、その人の生活を守り、

そして、私たち自身のケアの質をつくっていくのだと思います。

私たちは今、守っているのでしょうか。
それとも、知らず知らずのうちに奪ってしまっているのでしょうか。

その問いを持ち続けること。

それ自体が、

専門職としての在り方であり、価値なのかもしれません。


👉 安全と生活の質のバランスを考えたい方へ

特におすすめ
① 環境編
 → 基本的な環境リスクを改めて確認したい方へ

⑥ 自立支援・関わり方編
 → 環境と関わりのバランスを考えたい方へ

👉 安全と生活の質のバランスを深く理解したい方へ
⑨ ケアの本質・価値観編(総まとめ)

ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。

詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!

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