※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
転倒事故を減らすために大切なのは、事故のたびに新しい対策を増やすことではなく、今あるケアや仕組みを見直し、一人ひとりに不足している部分を磨いていくことです。
この記事では、認知症高齢者の転倒リスクから、ヒヤリハットの活用、事故後の振り返りや職員への個別指導まで“チームの力で転倒・骨折を減らすために大切な視点”を解説します。
【要点】
- 認知症高齢者が転倒しやすい理由と、事故の前に現れるサインが分かる
身体機能や認知機能、心理状態、生活環境などが重なって生じる転倒リスクと、普段の小さな変化やヒヤリハットから危険を捉える重要性を解説します。 - 事故のたびに「対策を増やす」だけでは不十分な理由を解説
新しいルールや確認項目を追加する前に、今ある仕組みの何が機能していなかったのかを見直し、短期・長期で効果を振り返りながら“今あるものを磨く”考え方を紹介します。 - 事故を責め合いで終わらせず、チームの成長につなげる方法が分かる
職員一人ひとりの「できていること」と「不足していること」を見極め、認める・感謝する・具体的に改善を伝える・期待するという個別指導を通して、チーム全体の事故予防力を高める視点を解説します。
【この記事で分かること】
・認知症高齢者が転倒しやすい理由と、事故につながる小さな変化の捉え方
・転倒事故のたびに「対策を増やす」だけでは不十分な理由
・今ある仕組みを磨き、職員一人ひとりの力を伸ばして事故を減らすための考え方
介護職・リーダー・管理者が、転倒事故を「注意不足」で終わらせず、チーム全体のケアの質を高めるために実践できる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに
認知症介護の現場において『転倒をどう防ぐか』は、とても大きな課題です。
特に高齢者の場合、転倒は「転んで痛かった」「少し打撲した」だけでは終わらないことがあります。
大腿骨などの骨折をきっかけに入院し、活動量が落ち、筋力が低下する。
それまで歩いていた方が車椅子中心の生活となり、生活範囲が狭くなる。
さらに入院による環境変化や活動量の低下から、認知機能やADLにも影響が出る。
一度の転倒が、その後の生活を大きく変えてしまうこともあります。
だからこそ介護現場では、
「どうすれば転倒を防げるのか」
を日々考えています。
しかし、ここで一度考えてみたいことがあります。
転倒事故が起きるたびに、
「確認することを増やそう」
「見守りを強化しよう」
「新しいルールを作ろう」
と、対策を追加していくことが、本当に事故予防に繋がっているのでしょうか。
もちろん、新しい対策が必要な場合もあります。
ですが、すでに決められていることが十分に実践できていない状態で、さらに新しいことを追加しても、それを継続して実践するのは簡単ではありません。
むしろ確認事項が増えすぎることで、本当に重要なことまで埋もれてしまうことが少なくありません。
この記事では、認知症高齢者が転倒しやすい理由や基本的な転倒予防に加えて、
「事故が起きた後、私たちは何を見直すべきなのか」
というところまで考えていきたいと思います。
なぜ認知症高齢者は転倒しやすいのか
高齢になると、筋力やバランス能力、視力、反応速度など、さまざまな身体機能が変化していきます。
さらに認知症がある場合には、身体機能だけでは説明できない転倒リスクが加わります。
例えば、判断力や注意力の低下です。
歩行能力が以前より低下していても、本人の中には「自分は歩ける」という感覚が残っていることがあります。
椅子から立ち上がる。
トイレへ向かう。
何かを取りに行く。
本人にとっては、それまで何十年も当たり前に行ってきた生活動作です。
しかし現在の身体能力との間にズレが生じていれば、その「当たり前の行動」が転倒に繋がることがあります。
また、認知症の症状によって周囲の状況を正確に認識しにくくなったり、複数のことに注意を向けることが難しくなったりする場合もあります。
加えて、
「トイレに行きたい」
「家に帰らなければ」
「誰かを探さなければ」
といった本人なりの目的があれば、職員が想定していないタイミングで立ち上がることもあります。
そこへ、
筋力低下、サルコペニア、ロコモティブシンドローム、薬剤の影響、排泄、睡眠不足、体調不良、履物、床面、家具の配置、照明などの要因が重なります。
つまり、認知症高齢者の転倒は一つの原因だけで起きるとは限りません。
身体・認知機能・心理・生活・環境など、複数の要因が重なって起きるもの
として考える必要があります。
だからこそ、
「職員がもっと気を付ける」
だけでは十分な対策にならないのです。
→ 関連記事
「なぜ認知症高齢者は転倒しやすいのか? 転倒の原因と予防を考える」
「サルコペニアとは? 高齢者の筋力低下を考える」
「ロコモティブシンドロームとは? 『歩けなくなる』を防ぐために」
「認知症高齢者とフレイル 『年だから仕方ない』で終わらせない心と身体の衰え」
転倒を防ぐためには「その人がなぜ転びそうなのか」を考える
転倒予防というと、手すりやセンサー、床環境、履物などの対策が思い浮かびやすいかもしれません。
もちろん、環境整備は重要です。
しかし、全員に同じ対策を行えば転倒を防げるわけではありません。
例えば、夜間に何度も立ち上がる方がいたとします。
「立ち上がるからセンサーを付ける」
だけで終わらせるのではなく、
なぜ立ち上がっているのか
まで考える必要があります。
排泄なのかもしれません。
眠れないのかもしれません。
昼間の活動量が減っているのかもしれません。
痛みや不快感があるのかもしれません。
本人の中では、朝になったと思っているのかもしれません。
原因が違えば、当然必要な対応も変わります。
だから転倒予防では、
「転ばせないために何をするか」
だけではなく、
「この人は、なぜ今この行動をしているのか」
というアセスメントが重要になります。
対策を考える前に、まず原因を考える。
これは認知症介護における転倒予防の基本ではないでしょうか。
事故の前には「小さな変化」が起きているかもしれない
転倒事故が起きると、私たちはどうしても「転んだ瞬間」に目を向けます。
しかし、本当に大切なのは、その少し前かもしれません。
例えば、
「最近、立ち上がる回数が増えた」
「以前より歩く時にふらついている」
「手すりを持ち損ねることがあった」
「夜中に起きる回数が増えた」
「最近トイレを急ぐようになった」
「食事量が落ちている」
「なんとなく元気がない」
こうした小さな変化です。
その時には転倒していなくても、
「あぶなかった」
「たまたま転ばなかった」
という場面があったかもしれません。
それがヒヤリハットです。
ヒヤリハットを単なる「事故にならなかった出来事」と考えてしまえば、
「転ばなくて良かったね」
で終わってしまいます。
しかし、
「事故になる前に教えてくれたサイン」
と捉えれば、その意味は大きく変わります。
なぜ立ち上がったのか。
なぜふらついたのか。
昨日までと何が違ったのか。
本人の身体能力が変化していないか。
生活リズムや体調に変化はないか。
薬は変わっていないか。
こうした小さな情報を集め、チームで共有することが、転倒事故を未然に防ぐことに繋がります。
転倒予防に必要なのは、「転ばないように見張る力」だけではありません。
普段との違いに気付く観察力
もまた、とても重要なのです。
→ 関連記事
「ヒヤリハットはなぜ大切なのか? 事故を防ぐための情報共有を考える」
「ヒヤリハットが書かれない職場で起きること 事故を防ぐ組織づくりを考える」
転倒事故が起きたとき、対策を「足す」ことから始めていないか
それでも、転倒事故を完全に防ぐことは簡単ではありません。
では実際に転倒事故、特に骨折を伴うような重大な事故が起きたとき、私たちはどうすればいいのでしょうか。
ここで起こりやすいのが、
対策の足し算
です。
事故が起きた。
だから確認項目を一つ増やす。
また事故が起きた。
だから申し送りを一つ増やす。
さらに事故が起きた。
今度は見守りポイントを増やす。
こうして事故が起きるたびに、
「これもやろう」
「今後はこれも確認しよう」
と対策が積み重なっていきます。
しかし、少し考えてみてください。
すでに10個ある確認事項のうち、重要な2つが十分に出来ていなかったとします。
そこで事故が起きたからといって、11個目、12個目の確認事項を追加したらどうなるでしょうか。
今まで出来ていなかった2つが、急に出来るようになるわけではありません。
むしろ業務が複雑になり、さらに抜けが増える可能性すらあります。
だから事故後にまず必要なのは、
「何を追加するか」ではなく、「今あるものの何が機能していなかったのか」
を確認することだと思います。
新しい対策を作る前に「今あるもの」を磨き上げる
もちろん、新しい対策を考えることが悪いわけではありません。
これまで想定していなかったリスクが見つかれば、新しい仕組みが必要になることもあります。
ただ、気を付けたいのは、
「対策を考えた」
「具体化した」
「職員に周知した」
という時点で、事故対策が終わったような気持ちになってしまうことです。
本来は、そこがスタートです。
その対策は本当に実践されているのか。
一週間後も続いているのか。
一か月後はどうなのか。
実際に転倒やヒヤリハットは減ったのか。
逆に、職員の負担を増やして別の問題を生んでいないか。
短期的にも長期的にも振り返り、必要に応じて修正していかなければなりません。
対策は「作ったかどうか」ではなく、
機能しているかどうか
で評価する必要があります。
だからこそ、新しいものを次々と増やす前に、
まず、あるものを磨き上げる。
今決められている対応を全部抽出してみる。
その中で本当に必要なものは何か。
形骸化しているものはないか。
重複しているものはないか。
そして何より、
誰が、どこまで実践できているのか。
そこを見直していくことが重要なのだと思います。
「チーム全体が出来ていない」と考えない
ここで、もう一つ大切にしたいことがあります。
例えば10人の職員が働いているとして、転倒事故が起きたとします。
そのとき、
「職員全員、もっと注意してください」
と指導するのは簡単です。
しかし、本当に10人全員に同じ問題があるのでしょうか。
ある職員は、環境整備は十分に出来ている。
ある職員は、ご利用者の小さな変化によく気付いている。
ある職員は、センサーへの対応が早い。
一方で、観察した情報を他の職員へ伝えることが苦手な人もいる。
優先順位を付けることが苦手な人もいる。
知識が不足している人もいる。
つまり、
同じチームで働いていても、
「出来ていること」と「不足していること」は一人ひとり違います。
それを全部一つの塊にして、
「チームとして出来ていない」
と評価してしまうと、本当に改善すべきポイントが見えなくなってしまいます。
事故後に必要なのは「個別具体的な指導」
だからこそ、転倒事故後の職員教育では、
「もっと気を付けよう」
という全体的な指導だけではなく、
職員一人ひとりの「出来ていること」と「不足していること」を精査する
ことが必要です。
そして私は、この時に「不足していること」だけを指摘しないことも大切だと思っています。
まず、
「ここは出来ているね」
「これはちゃんとやってくれている」
「いつもここまで見てくれて助かっているよ」
と、出来ていることを伝える。
認める。
そして感謝する。
その上で、
「でも、ここはもう少し改善した方がいいかもしれないね」
と伝える。
さらに、
「次からここを意識してみよう」
と、具体的な行動まで落とし込む。
そして最後は、
「お願いね」
「あなたなら、もっと良いケアが出来ると思うよ」
という期待で締める。
事故が起きたときに関わっていた職員を萎縮させることが目的ではありません。
次の事故を減らせる職員に育ってもらうことが目的です。
だからこそ、
「何で出来なかったの?」
だけではなく、
「何が出来ていて、あと何が出来ればもっと良くなるのか」
という視点で関わる。
それが結果として、チーム全体の力を底上げしていくのではないでしょうか。
→ 関連記事
「介護現場のティーチングとは? 職員を育てる伝え方を考える」
「介護現場のチームビルディング 職員が力を発揮できるチームづくりを考える」
「事故が起きたときにいた職員」を責めれば事故は減るのか
重大な事故が起きれば、誰かに責任を求めたくなることがあります。
特に骨折など、ご利用者に大きな苦痛を与えてしまった場合、
「誰が見ていたのか」
「なぜ防げなかったのか」
という話になりやすいでしょう。
もちろん、明らかな手抜きや怠慢、不適切な対応まで「仕方なかった」で済ませるべきではありません。
必要な指導や改善は行う必要があります。
しかし、通常の業務を行う中で起きた事故についてまで、
「事故=その時に勤務していた職員個人の責任」
としてしまうと、別の問題が生まれます。
職員がヒヤリハットを報告しなくなるかもしれません。
失敗を隠すようになるかもしれません。
挑戦することを避けるようになるかもしれません。
そして何より、
「事故を起こさないこと」
そのものが目的になれば、ご利用者の行動を過剰に制限する方向へ進む危険があります。
立たせない。
歩かせない。
一人で動かせない。
場合によっては、そうした対応が必要な場面もあります。
しかし、安全だけを追い求めれば、本人が持っている能力や「自分でやりたい」という思いまで奪ってしまうことがあります。
認知症介護では、
安全と、その人らしい生活の両方を考えなければなりません。
転倒をゼロにすることだけが、本当の目的ではない
もちろん、転倒は少ない方が良いです。
骨折も起きない方が良い。
だから最大限の予防を行う必要があります。
しかし、認知症高齢者の生活の中から転倒リスクを完全になくそうとすれば、
「動かないこと」
が最も安全という結論に近づいてしまいます。
それでは介護の目的そのものが変わってしまいます。
私たちが目指したいのは、
「転倒ゼロ」という数字だけではなく、
その人が出来ることを出来るだけ続けながら、重大な事故を減らしていくこと
ではないでしょうか。
歩ける人には、出来る限り歩いてもらう。
立てる人には、その能力を活かしてもらう。
そして、その生活をどうすれば安全に支えられるのかを考える。
そこには絶対的な正解がありません。
だからこそ、個人ではなくチームで考える必要があります。
事故を「責め合う材料」ではなく「成長する機会」にする
転倒事故や骨折が起きたとき、本当に必要なのは、
「やることを追加する」
ことだけではありません。
そして、
「全員もっと注意してください」
と指導することでもありません。
まず、今ある仕組みを見直す。
何が出来ていたのか。
何が出来ていなかったのか。
その中で、本当に事故に影響した可能性の高い部分はどこなのか。
そして職員一人ひとりについても、
「何が出来ていて、何が不足しているのか」
を見ていく。
出来ていることは認める。
頑張ってくれていることには感謝する。
その上で、不足しているところについては具体的に伝え、改善を求める。
そして期待する。
それは、職員を甘やかすことではありません。
ご利用者に、これ以上痛い思いや怖い思いをしてもらわないために、チームの力を上げていくことです。
事故は起きない方が良い。
骨折など、もちろん起こってほしくありません。
事故そのものを肯定することも出来ません。
それでも、起きてしまった事故を「起きてしまった」で終わらせることも、また違うと思うのです。
もしかすると事故というものは、
私たちが見落としていたこと。
気付けていなかったこと。
チームに不足していたこと。
仕組みの中で機能していなかったこと。
そうしたものを、ご利用者が身をもって私たちに教えてくれた出来事なのかもしれません。
そう考えるのであれば、私たちにはその事故から学ぶ責任があります。
誰かを責めて終わるのではなく、
「次はどうすれば防げるだろう」
と考える。
対策をただ増やすのではなく、今ある仕組みを磨く。
全員に同じことを言うのではなく、一人ひとりの力を伸ばす。
そして短期的、長期的に振り返り、
「本当に良くなったのか」
を確認し続ける。
その積み重ねが、転倒事故や骨折を減らしていくのだと思います。
まとめ|「もっと気を付ける」から一歩先へ
認知症高齢者の転倒には、身体機能だけでなく、認知機能、心理状態、生活、環境など、さまざまな要因が関係しています。
だからこそ、単純に
「もっと見守る」
「もっと注意する」
だけでは十分ではありません。
大切なのは、
「なぜこの方は転びそうなのか」
を考え、普段の小さな変化やヒヤリハットからリスクを捉えることです。
そして事故が起きた後には、
「新しく何を追加するか」
だけではなく、
「今ある仕組みの中で、何が機能していなかったのか」
を考える。
今あるものを磨き上げる。
職員一人ひとりの出来ていることと不足していることを見る。
必要なところには具体的な指導を行う。
そして、その対策が本当に有効だったのかを振り返り続ける。
事故を責め合う材料にするのではなく、チーム全体がより良いケアをするための学びへ変えていく。
その目的は、「事故件数」という数字を減らすことだけではありません。
ご利用者に痛い思いや怖い思いをしてもらうことを少しでも減らしながら、その人らしい生活を守ること。
そのために私たちは、転倒事故が起きるたびに対策を積み上げていくのではなく、
「今のケアを、どうすればもう少し良くできるだろうか」
と考え続ける必要があるのではないでしょうか。
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