※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
本記事では「まだ食べてない」「トイレに行きたい」など、認知症によって起こる「感覚の誤認」と脳の仕組みについて分かります。
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【この記事で伝えたいこと】
認知症では、身体から届く情報と、それを受け取る脳の認識との間にズレが生じ、本人の「感じ方」が実際の身体状態と一致しないことがあります。
この記事では「まだ食べていない」「トイレに行きたい」「痛い・苦しい」といった訴えを単なる“間違い”と捉えるのではなく、身体と脳の情報のやり取りという視点からその背景を理解し、本人の感じ方を大切にしたケアにつなげる方法を解説します。
【要点】
- 認知症によって「身体の状態」と「本人の感じ方」にズレが生じることがある
私たちの感覚は、身体から届く情報を脳が受け取り、整理し、意味づけることで生まれます。認知症では、この身体と脳の“キャッチボール”に変化が起こり「まだ食べていない」「トイレに行きたい」など、実際の状況と本人の感じ方にズレが生じることがあります。 - 本人の訴えを「認知症だから」「感覚の誤認だから」と決めつけない
同じ訴えでも、記憶障害や不安、感覚の変化だけでなく、便秘・感染症・痛み・呼吸器疾患など、本当の身体的な異常が隠れていることもあります。まず身体状態を確認し、複数の可能性から「なぜ今、この人にはそう感じられているのか」を考えることが大切です。 - 本人の“感じ方”を否定せず、記録・観察・環境調整から安心につなげる
客観的な記録や身体状態を確認しながら「さっき食べたでしょう」「今トイレに行ったでしょう」と事実だけで否定するのではなく、本人が感じている不安や違和感を受け止めます。訴えの背景を読み解き、関わり方や環境、過ごし方を調整しながら、その人が安心できる着地点を探すことが大切です。
【この記事で分かること】
・認知症によって、身体からの情報と脳の「感じ方」にズレが生じる仕組み
・「まだ食べていない」「トイレに行きたい」「痛い・苦しい」といった訴えの背景
・身体的な異常と、記憶障害・不安・感覚の変化などを見分けるための視点
・本人の感じ方を否定せず、安心につなげるための具体的なケア方法
家族介護・介護職のどちらの方にとっても、本人の訴えを「間違い」と決めつけず「なぜ今、この人にはそう感じられているのか」を考え、適切な対応につなげるための視点が身につく内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに:よくある介護の戸惑いから
介護現場や家庭で、高齢者がこんな訴えをすることはありませんか?
- 食事を終えたばかりなのに「まだ食べてない」と言い張る
- トイレに行った直後なのに「トイレに行かないと」と焦る
- 排泄を済ませた直後に「まだ出ていない気がする」と繰り返す
- 皮膚に異常がないのに「かゆい」「痛い」と頻繁に訴える
- 「具合が悪い」「なんだか苦しい」と何度も話す
これらは決して珍しいことではなく、多くの介護職員や家族が経験する“困った行動”のひとつです。
しかし、それが「わがまま」「構ってほしいだけ」「気にしすぎ」といった誤解で受け止められると、本人の苦しさは置き去りにされ、関係がぎくしゃくすることもあります。
実はこうした行動の背景には、脳の萎縮による「感覚の誤認」という現象が関係している可能性があるのです。
※ただし、ここでいう「感覚の誤認」とは、認知症に共通する一つの正式な症候名という意味ではありません。
本記事では、身体から届く情報と、それを受け取る脳の認識との間にズレが生じる状態を分かりやすく表現するために「感覚の誤認」という言葉を使っています。
感覚とは「体が発する信号」と「脳の処理」の二重構造
私たちは、五感や内臓から送られてくるさまざまな電気信号を、脳が受け取り、解釈することで「空腹だ」「トイレに行きたい」といった感覚を得ています。
たとえば、以下のような流れがあります。
- 胃腸や身体の状態から届く情報 → 脳が「空腹」「満腹」として認識する
- 膀胱から届く情報 → 脳や神経が処理し「尿意」として認識する
- 腸や直腸から届く情報 → 「便意」として認識する
- 皮膚や身体から届く刺激 → 脳が「痛み」「かゆみ」などとして認識する
- 呼吸や心拍など身体内部から届く情報 → 「息苦しい」「身体が重い」などの感覚として認識する
つまり、感覚とは「身体」だけで生まれるものではなく、身体から届いた情報を脳が受け取り、処理し、意味づけすることで生まれるものでもあるのです。
こうした身体内部の状態を感じ取る仕組みは「内受容感覚(interoception)」とも呼ばれます。
そして脳が萎縮や変性を起こすと、身体から届いた情報をうまく認識・整理・意味づけできず、本人の感じ方と実際の身体状態との間にズレが生じることがあります。
本記事では、こうした状態を分かりやすく「感覚の誤認」と表現します。
脳と身体は“キャッチボール”をしている
たとえるなら、身体と脳は普段から“キャッチボール”をしているようなものです。
身体が情報というボールを投げ、脳がそれを受け取り、「これは空腹だ」「これは尿意だ」「これは痛みだ」と意味づけします。
認知症では、脳の萎縮や神経変性によって、このキャッチボールの受け取り方や整理の仕方が変わることがあります。
身体から情報は届いていても、
- うまく意味づけできない
- 直前の出来事と結びつけられない
- 過去の記憶と混ざる
- 感覚の強さを適切に判断できない
といったことが起こり、本人の感じ方と実際の身体状態との間にズレが生じることがあります。
脳の萎縮と感覚の誤認:具体的な仕組み
感覚器官に大きな異常がなくても起こることがある
多くの方が誤解するのは「感じ方がおかしいということは、身体の感覚器や神経に異常があるのだろう」という推測です。
しかし、感覚器官や末梢神経に明らかな異常がなくても、脳がその情報を受け取り、整理し、意味づけする過程に変化が生じることで、本人の感じ方と実際の状態にズレが生じることがあります。
こうした「感じ方」には、一つの脳部位だけではなく、さまざまな脳の働きが関係しています。
| 関係する働き | 役割の例 | 生活の中で関係すること |
|---|---|---|
| 身体内部の状態を感じ取る働き | 空腹、満腹、尿意、身体の不調などを捉える | 「お腹がすいた」「トイレに行きたい」「苦しい」など |
| 記憶する働き | 食事や排泄など、直前の出来事を記憶する | 「食べた」「トイレに行った」という出来事の認識 |
| 判断・調整する働き | 感じた情報をもとに行動を選択・調整する | トイレへ行く、待つ、食べるなど |
| 感情に関わる働き | 不安や恐怖、過去の経験などと結びつける | 失禁への不安、身体症状への恐怖など |
これらはそれぞれ独立して働いているわけではなく、複数の脳領域や神経系が互いに連携することで、私たちは身体の状態を認識しています。
そのため認知症によって脳の働きが変化すると「身体から情報が届いていない」というよりも、情報を受け取り、記憶と結びつけ、意味づけし、判断する一連の過程のどこかにズレが生じると考えた方が分かりやすいでしょう。
感覚の誤認が起きる具体例
ここまで、認知症によって脳と身体の情報のやり取りにズレが生じる可能性について説明してきました。
では実際の生活では、どのような形で現れるのでしょうか。
たとえば、
- 食事をしたのに「まだ食べていない」と訴える
- トイレに行った直後なのに、また「トイレに行きたい」と訴える
- 排便したのに「まだ出ていない」と感じる
- 原因が分かりにくい「痛い」「かゆい」という訴えが続く
- 「息苦しい」「具合が悪い」と繰り返し訴える
といったことがあります。
ただし、ここで非常に大切なのが、
これらをすべて「認知症による感覚の誤認」と考えてはいけないということです。
例えば
- 「トイレに行きたい」→尿路感染症や膀胱の病気
- 「便が出ていない」→実際の便秘
- 「痛い」「かゆい」→皮膚疾患や関節痛、神経痛
- 「息苦しい」→呼吸器・循環器疾患
など、本当に身体の異常が隠れている可能性もあります。
まず身体状態を確認し、そのうえで記憶障害、不安、脳による感覚処理の変化などを考えることが大切です。
本人の訴えを「一つの原因」で決めつけない
ここまで見てきたように、同じような訴えであっても、その背景は一つとは限りません。
たとえば「トイレに行きたい」という一言にも、本当に尿意がある場合もあれば、排尿したことを覚えていない場合、不安が強くなっている場合、身体からの感覚と脳の認識にズレが生じている場合など、さまざまな可能性があります。
だからこそ、
「認知症だから」
「感覚の誤認だから」
と最初から決めつけるのではなく、本人の訴えと実際の身体状態の両方を見ることが大切です。
ここまでの内容を、介護で確認したいポイントとあわせて整理すると、次のようになります。
| 本人の訴え・様子 | 考えられる背景 | まず確認したいこと |
|---|---|---|
| 「まだ食べていない」 | 記憶障害、実際の空腹、食欲・満腹感の変化、不安など | 食事時間、摂取量、体重変化、生活リズム |
| 「トイレに行きたい」 | 実際の尿意、記憶障害、身体疾患、不安、尿意の認識の変化など | 排尿時刻、尿量、排尿痛、発熱、尿の状態 |
| 「まだ便が出ていない」 | 便秘、残便感、記憶障害、便意の認識の変化など | 最終排便、便性状、腹部症状、食事・水分 |
| 「痛い・かゆい」 | 実際の痛み、皮膚症状、感覚の捉え方や表現の変化、不安など | 発赤、腫れ、傷、表情、動作、訴える場面 |
| 「息苦しい」 | 身体疾患、不安、身体内部の感覚の変化など | 呼吸状態、顔色、脈拍、発熱、意識、バイタル、普段との違い |
この表からも分かるように、本人の訴えだけを聞いて原因を一つに決めることはできません。
大切なのは「本人の訴え=感覚の誤認」と最初から決めつけないことです。
身体的な原因がないかを確認したうえで、
「記憶障害だろうか」
「不安が強いのだろうか」
「身体からの信号と脳の認識にズレが起きているのだろうか」
と、いくつかの可能性を考えたうえで、
「なぜ、この人には今そう感じられているのだろう?」
と考えていくことです。
ここからは、こうした訴えについて、具体的な例を5つに分けてもう少し詳しく見ていきます。
感覚の誤認が起きる5つの具体例
1.空腹・満腹の感覚異常
① こんなことが起こる
- 食後でも「何も食べていない」と感じ、繰り返し食事を求める
- 何度も食べ物を探す
- 食事をしたことを説明しても納得できない
- 反対に、空腹をうまく認識できず食事を求めない
② 考えられる理由
食事に関する訴えでは、まず記憶障害が考えられます。
「食事をした」という出来事そのものが記憶に残っていなければ、本人にとっては本当に「まだ食べていない」のです。
一方で、空腹や満腹の感覚には、胃腸だけでなく脳による食欲調節も関係しています。
そのため認知症では、脳の変化によって、身体からの空腹・満腹に関する信号と、それを受け取る脳の認識との間にズレが生じる可能性もあります。
つまり、
「食べたことを覚えていない」
ことと、
「食べても満腹だと感じにくい」
ことは、分けて考える必要があります。
さらに、不安などが加わることで、
「何も食べさせてもらっていない」
という訴えにつながることもあります。
③ 介護で確認したいこと
- 実際にどのくらい食べているか
- 食事をした時刻
- 間食の量
- 体重の増減
- 食事を求める時間帯に傾向がないか
- 食事以外の場面でも不安が強くなっていないか
「また食べたいと言っている」だけで判断せず、実際の摂取量と本人の訴えを照らし合わせることが大切です。
④ 対応のポイント
「さっき食べたでしょう」と事実を伝えても、食事をした記憶そのものが残っていなければ、本人には納得できません。
「お腹がすいたんですね」
とまず受け止め、必要に応じてお茶を出したり、食事量全体に配慮しながら少量の間食を取り入れたりする方法もあります。
事実を訂正することよりも、「なぜ今、食べたいと感じているのか」を考えることが大切です。
2.尿意・排尿感のズレ
① こんなことが起こる
- 尿がそれほど溜まっていないのに「トイレに行きたい」と訴える
- トイレに行った直後なのに再びトイレを希望する
- 尿意がうまく分からず失禁する
- トイレのあとに「まだ出ていない」と不安になる
② 考えられる理由
排尿は、膀胱だけで完結するものではありません。
膀胱から送られてきた情報を脳が受け取り、
「尿が溜まっている」
「今トイレに行く必要がある」
「まだ我慢できる」
と判断することで排尿をコントロールしています。
認知症によってこうした働きに変化が起こると、実際の膀胱の状態と本人が感じている尿意との間にズレが生じる可能性があります。
また、
「さっきトイレに行った」という記憶が残っていないことや、
「以前失禁してしまった」
という経験から、
「また漏らしてしまうのではないか」
という不安が強くなっていることもあります。
つまり、同じ「トイレに行きたい」という言葉でも、背景は一つではありません。
③ 介護で確認したいこと
- 最後に排尿した時刻
- 実際の尿量
- 排尿回数
- 夜間のトイレ回数
- 排尿時の痛み
- 発熱や尿の変化
- 失禁の有無
- どのような場面で訴えが増えるか
特に急に頻尿になった場合などは、認知症だけでなく身体的な原因についても確認が必要です。
④ 対応のポイント
「今行ったばかりですよ」と否定するだけでは、不安は解消されないことがあります。
「心配なんですね」
「行っておきましょうか」
と受け止めることで安心できる方もいます。
また、排尿記録を取り、実際の排尿リズムと本人の訴えを照らし合わせることで、
「本当に尿意がある時間なのか」
「不安が強くなる場面があるのか」
といった支援の方向性も見えやすくなります。
3.便意・排便感のズレ
① こんなことが起こる
- 便が溜まっていても「出そう」という感覚を訴えない
- 排便のタイミングを自分で判断しにくくなる
- 突然便失禁する
- 排便したあとも「まだ出ていない」と訴える
- 便意を訴え続けるものの、実際には排便しない
- トイレに座ってすぐ「もう出た」と話すが、実際には出ていない
② 考えられる理由
排便についても、
「感じる」
「トイレに行くと判断する」
「我慢する」
「排便する」
「排便が終わったと認識する」
という複数の働きが必要です。
腸や直腸から送られてきた情報を脳が受け取り、状況を判断することで、私たちは排便をコントロールしています。
認知症によってこうした一連の働きが低下すると、便意の認識や排便のタイミング、排便したという認識にズレが生じることがあります。
また、「排便したこと自体を覚えていない」という記憶障害が影響している場合もあります。
③ 介護で確認したいこと
- 最後に排便した日時
- 便の量
- 便の硬さ・性状
- 腹部膨満や腹痛
- 食事量
- 水分摂取量
- 下剤の使用状況
- 本人が便意を訴える時間帯
本人の自己申告だけで判断せず、排便記録と本人の訴えを一緒に見ることが重要です。
④ 対応のポイント
「昨日出たでしょう」と説明するだけではなく、
「まだ出ていない感じがするんですね」
と本人の感じ方を受け止めます。
そのうえで記録を確認し、実際に便秘している可能性があれば必要な対応につなげます。
便失禁についても、本人にとっては羞恥心や自尊心に関わる問題です。
「失敗した」と責めるのではなく、本人自身も身体の変化をうまく捉えられなくなっている可能性があることを理解して対応することが大切です。
4.痛み・かゆみの感じ方や表現の変化
① こんなことが起こる
- 「痛い」「かゆい」と繰り返し訴える
- 同じ場所を何度も掻く
- 介護者から見ても原因が分からない
- どこが痛いのかをうまく説明できない
- 痛みを言葉では訴えないものの、介助時に強く抵抗する
② 考えられる理由
痛みやかゆみも、身体から送られてきた情報を脳が受け取ることで認識されます。
認知症では、感覚そのものだけではなく、その感覚を認識し、どこがどう不快なのかを整理し、言葉として表現するまでの過程にも変化が起こることがあります。
また、不安や過去の経験などが、本人の感じ方や訴え方に影響する可能性もあります。
ただし、ここは特に注意が必要です。
「痛い」「かゆい」という訴えを、認知症による感覚の誤認だと最初から決めつけてはいけません。
見た目に異常がなくても、関節痛、神経痛、内臓の痛みなどが隠れていることがあります。
③ 介護で確認したいこと
- 発赤や傷はないか
- 腫れや熱感はないか
- どの場所を気にしているか
- 動いたときに表情が変わらないか
- 身体の一部をかばっていないか
- 食欲や活動量が変わっていないか
- 介助時だけ強く抵抗することはないか
- いつから始まったか
言葉だけでなく、表情や動作も本人からの重要な情報です。
④ 対応のポイント
「何もないから大丈夫」と否定するのではなく、
「痛いんですね」
「ここが気になるんですね」
と受け止めながら原因を探します。
必要に応じて医療職にも相談し、身体的な原因を確認します。
本人がうまく説明できないからこそ、介護者の観察が大切になる領域です。
5.呼吸困難や体調不良の訴え
① こんなことが起こる
- 「息苦しい」と繰り返し訴える
- 「倒れそう」「具合が悪い」と不安になる
- 本人の訴えの強さと測定した数値が一致しない
- 身体の不調をうまく説明できない
② 考えられる理由
私たちは、皮膚や胃腸、膀胱だけではなく、呼吸や心拍など身体の内側の状態も感じ取っています。
こうした身体内部からの情報も、脳が受け取り、処理することで、
「息苦しい」
「気持ちが悪い」
「身体が重い」
といった感覚として認識されます。
認知症による認知機能の変化や不安などによって、本人の感じ方と客観的な数値が一致しないこともあります。
ただし、数値が正常だから「何も異常がない」と判断することはできません。
③ 介護で確認したいこと
- SpO₂
- 呼吸数や呼吸の仕方
- 脈拍
- 血圧
- 体温
- 顔色
- 意識状態
- 食事・水分摂取量
- 普段との違い
特に、突然の呼吸苦や意識状態の変化などがある場合は、認知症によるものと考えず、身体状態の確認を優先します。
④ 対応のポイント
身体状態を確認したうえで、不安が強く影響していると考えられる場合には、
「大丈夫だから」
と一方的に否定するより、
「苦しく感じるんですね」
「少し座って休みましょうか」
など、本人が安心できる関わりを考えます。
客観的な身体状態を確認することと、本人が感じている苦しさを受け止めることは、両立できます。
日々のケアで大切にしたい6つのポイント
ここまで5つの具体例を見てきましたが、対応には共通して大切にしたい考え方があります。
最後に、日々のケアで意識したいポイントを6つに整理します。
1. まず身体的な異常がないか確認する
本人の訴えが認知症による感覚のズレなのか、それとも実際の身体異常なのかを最初から決めつけることはできません。
たとえば、
- 痛み
- 感染症
- 便秘
- 脱水
- 皮膚トラブル
- 排尿障害
- 呼吸器・循環器の異常
など、本当に身体の異常が起きていないかを確認します。
特に、
- 急に始まった
- いつもより強い
- 普段と様子が違う
- 発熱、食欲低下、活気低下などを伴う
という変化は重要です。
認知症のある方だからこそ、自分の身体状態を正確に説明できない場合もあります。
まず身体を見る。
これが最初のステップです。
2. 「現実」よりも「感じ方」を尊重する
介護者にとっては「さっき食べた」「さっきトイレに行った」という事実が重要に見えますが、本人にとっては“今そう感じている”ということが現実なのです。
- 食べたことを忘れている?
- 身体からの感覚をうまく認識できていない?
- 排泄したことを覚えていない?
- 以前の失敗が不安として残っている?
- 痛みや不快感をうまく言葉にできない?
- 退屈や孤独、不安が別の訴えとして表れている?
認知症では、身体から届く信号だけでなく、それを受け取る脳の認識、記憶、判断、感情など、さまざまな働きが影響します。
だからこそ、
繰り返される本人の訴えを「嘘をついている」「わがまま」と捉えるのではなく、脳がそう感じてしまっているのだと理解することが出発点です。
3. 記録や客観的データで判断する
本人の感じ方を大切にする一方で、介護者は実際の身体状態を客観的に把握しておくことも必要です。
たとえば「トイレに行きたい」という訴えが繰り返される場合には、
- 何時にトイレへ行ったのか
- 実際に排尿があったのか
- どのくらいの量だったのか
- どのような時間帯に訴えが増えるのか
などを記録してみます。
食事についても同様に、食事をしたかどうかだけではなく、摂取量や間食、体重の変化などを記録することで、本人の訴えと実際の身体状態を照らし合わせることができます。
ここで大切なのは、記録を「本人の言っていることが間違っている」と証明するために使わないことです。
本人の訴えと客観的な状況との間にどのようなズレがあるのか、あるいは本当に身体的な変化が起きているのかを知るための手がかりとして活用します。
本人自身では説明することが難しくなった変化を、記録によって補っていくという視点が大切です。
4. 感情・不安・記憶障害を読み解く
本人の訴えは、身体からの感覚だけで生まれているとは限りません。
認知症では、記憶や判断、感情なども互いに影響し合うため、不安や過去の経験が現在の訴えにつながっていることもあります。
たとえば、食事をしたことが記憶に残っていなければ、本人にとっては本当に「まだ食べていない」ことになります。
また、以前トイレに間に合わず失禁してしまった経験が強く残っていれば、
「また漏らしてしまうかもしれない」
という不安から、実際の尿意とは別に何度もトイレを希望することも考えられます。
そのため、本人の言葉だけを見るのではなく、
- いつから訴えが始まったのか
- どんな場面で強くなるのか
- その前に何があったのか
- 不安そうな表情や行動はないか
- 過去に似た経験がなかったか
といった訴えの前後にある出来事や感情にも目を向けます。
「身体の異常ではなかったから、何もない」で終わるのではなく、
「この人は、なぜ今こう感じているのだろう?」
と考えることが、本人を理解するための手がかりになります。
5. 否定しない・受け止める
本人の訴えと客観的な事実が違っていたとしても、
「さっき食べたでしょう」
「今トイレに行ったでしょう」
「どこも悪くないですよ」
と否定するだけでは、本人が感じている不安や違和感はなくならないことがあります。
そんなときは、
「お腹がすいたんですね」
「トイレが心配なんですね」
「痛いんですね」
と、まず本人の感じ方を受け止めます。
そのうえで、
- お茶を飲む
- 必要ならトイレへ行ってみる
- 少し休む
- 別の活動へ誘う
- 身体状態をもう一度確認する
など、その人に合った方法で安心につなげていきます。
事実を否定する必要も、本人の訴えをすべてそのまま実行する必要もありません。
大切なのは、
「今この人は何に困っているのか」
を考え、本人の感じ方に寄り添いつつ、その人が安心できる着地点を探すことです。
6. 同じ訴えが続くときは環境や刺激も調整
同じ訴えが繰り返されるときには、本人の身体や認知機能だけでなく、そのときの環境や過ごし方にも目を向けてみます。
たとえば、退屈な時間が長かったり、一人で過ごすことへの寂しさや不安が強かったりすると、それが「お腹がすいた」「トイレに行きたい」といった訴えにつながっていることもあります。
そんなときは、
- 本人が好きな活動や会話に誘ってみる
- 食後にお茶を飲むなど、落ち着いて過ごせる習慣をつくる
- 不安が強い方には、トイレの場所を分かりやすく表示する
- 食事の時間や予定をカレンダーなどで確認できるようにする
といった工夫も考えられます。
大切なのは、単に「気をそらす」ことを目的にするのではなく、なぜその訴えが繰り返されているのかを考えることです。
身体状態や本人の感じ方だけでなく、環境や過ごし方を変えることで安心につながらないかという視点も持っておくと、支援の選択肢が広がります。
おわりに:感覚の誤認は“嘘”ではなく“脳の現実”
理解が「我慢」を「共感」に変える
介護する側にとって、本人の繰り返す訴えに疲れや苛立ちを感じるのは、決して悪いことではありません。
むしろ、誰しもが経験する自然な反応です。
しかしその背後に、
「身体から届く情報を、脳がうまく受け取り、整理し、意味づけることが難しくなっているのかもしれない」
という理由があることを理解するだけで、関わり方は大きく変わっていきます。
それを知っているだけで「なぜ分かってもらえないのか」という苛立ちは「どうすれば安心してもらえるか」という考えに変わります。
知識は、介護者に“余裕”を取り戻す力にもなるのです。
「また同じことを言っている」ではなく、
「今の本人には、本当にそう感じられているのかもしれない」と捉える。
この小さな視点の転換が、ケアを“我慢”から“共感”へと変える第一歩です。
本人が今感じていることは、本人にとっては確かな現実です。
その現実を否定するのではなく「どうすれば安心できるか」「どうすれば落ち着けるか」という発想に切り替えることで、介護はもっと穏やかな時間になります。
ときに、それは医療的な正しさよりも“一緒にいる時間の心地よさ”を優先する選択かもしれません。
“感じ方”を大切にするケアへ
たとえば——
「お腹がすいた」と言う人に小さな和菓子を差し出す。
「トイレに行きたい」と言う人に一緒に歩いて行く。
「かゆい」と訴える人の手をやさしく握る。
これらは単なる対応ではなく「あなたの感じ方を大切にしています」というメッセージです。
そのメッセージこそが、本人の安心と尊厳を支える最も確かなケアになります。
介護とは、相手の“現実”を理解し、そこに寄り添う営みです。
脳が変われば感じ方も変わる――それを知ることで、見えなかった苦しさが見えるようになり「なぜこんなことを言うのか」が「そう感じていたんだね」に変わります。
脳の現実を知ることが、介護者をもやさしくする
そしてそれは、介護者自身をもやさしくします。
「分からない人」ではなく「感じ方が変わってしまった人」として見つめ直すとき、
怒りや戸惑いは少しずつ理解と温かさに変わっていきます。
感覚の誤認を知ることは“正しい知識”を得ることだけではなく、
「共感の幅を広げること」でもあるのです。
今日から、目の前の訴えを「脳の現実」として受け止めてみてください。
そこから生まれる一つのやさしい対応が、本人にとっての安心と、介護者自身の穏やかさにつながっていくはずです。
本人の行動を「困ったこと」としてだけ捉えるのではなく、
「脳や身体、記憶、不安など、さまざまな要因のなかで生まれる、本人にとっての“現実”」として捉えることが、
私たちのケアをより優しく、深いものへと導いてくるでしょう。
【補足】本記事の参考文献・出典
- Sun W, Ueno D, Narumoto J. (2022).Brain Neural Underpinnings of Interoception and Decision-Making in Alzheimer’s Disease: A Narrative Review. Frontiers in Neuroscience.
→ 身体内部からの情報を脳が受け取り処理する「内受容感覚」とアルツハイマー病との関係。 - Fowler CJ, Griffiths D, de Groat WC. (2008).The neural control of micturition. Nature Reviews Neuroscience.
→ 排尿が膀胱だけではなく、脳・脊髄・末梢神経を含む神経回路によって制御されることを解説。 - Husebo BS, Achterberg W, Flo E. (2016).Identifying and Managing Pain in People with Alzheimer’s Disease and Other Types of Dementia: A Systematic Review. CNS Drugs.
→ 認知症における痛みの評価・表現・観察の難しさについて。 - Roe B, et al. (2017).What Works to Improve and Manage Fecal Incontinence in Care Home Residents Living With Dementia? A Realist Synthesis of the Evidence. Journal of the American Medical Directors Association.
→ 認知症のあるケアホーム入居者の便失禁、便秘、排泄支援、環境・スタッフ支援について。 - 日本大腸肛門病学会:便失禁診療ガイドライン2024年版(改訂第2版)
→ 認知症による便失禁について、排便環境、排便日誌、適切な誘導、自尊心への配慮など。 - Murphy C. (2019).Olfactory and other sensory impairments in Alzheimer disease. Nature Reviews Neurology.
→ アルツハイマー病と感覚機能変化について。「認知症では感覚処理そのものにも変化が起こり得る」という背景資料。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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