【全7回】第5回:認知症高齢者の転倒を防ぐために ~見逃せない「環境要因」とは~

健康管理・事故予防
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※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。

ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。

本記事では、環境要因が原因で起こる転倒の背景と予防策、本人の視点に立った環境整備の考え方が分かります。
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📝 この記事の要約

【この記事で伝えたいこと】

環境整備は、単に段差をなくしたり手すりを設置したりするだけではありません。
認知症の方が「どう見えているか」「どう感じているか」に寄り添い、その人にとって安心して動ける環境を整えることが、転倒予防につながる大切なケアです。
この記事では、環境要因による転倒の仕組みと、今日から実践できる環境整備の考え方を解説します。


【要点】

  1. 認知症の方にとって、なぜ環境が転倒リスクになるのかが分かる
    認知機能の低下によって、段差や照明、家具の配置など、私たちには何気ない環境が転倒につながる理由を分かりやすく解説します。
  2. 家庭や施設で見直したい環境要因と、具体的な予防策が分かる
    段差・床・照明・家具・マット・履物など、転倒リスクを高める環境要因と、今日から実践できる改善のポイントを紹介します。
  3. 「本人の見えている世界」に寄り添う環境整備の考え方が分かる
    単に危険をなくすだけではなく、ご本人にとって「安心して動ける空間」をつくるという、認知症ケアならではの環境整備の視点を解説します。

【この記事で分かること】

・認知症の方にとって、なぜ環境が転倒リスクにつながるのか
・家庭や施設ですぐに見直せる環境要因と具体的な予防策
・「本人の見えている世界」に寄り添った環境整備の考え方

ご家族・介護職のどちらでも、今日から実践できる転倒予防の工夫と環境づくりの視点が身につく内容です。

※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。

はじめに

高齢者の転倒は、骨折や寝たきり、さらには命に関わることもある重大なリスクです。

特に認知症の方は、記憶や判断力、注意力の低下が重なることで、転倒リスクがさらに高まります。

「もしも」が現実になる、その前に――できる備えがあります。

転倒の原因には、身体機能の衰えや服薬の影響、生活リズムなどさまざまな要因がありますが、本記事では「環境要因」に注目します。

私たちには“当たり前”に感じられる部屋や廊下の景色も、認知症の方にとっては“危険の連続”であることも少なくありません。

そして環境は、本人にとって使いやすいように整えることで転倒のリスクを大きく軽減できる、数少ない“変えられる要因”です。

認知症ケアにおいて、環境整備の重要性を理解し、
具体的にどこをどう見直せば良いかを、実例とともに解説します。

認知症の方にとって「環境」が危険になりやすい理由

私たちは、普段過ごす部屋や廊下の段差、照明、物の配置に注意を向けることは少ないかもしれません。しかし、認知症の方にとって、日常の環境は想像以上に「危険の入り口」になり得ます。

これは、認知症によって以下のような認知機能の低下が起きるためです。

  • 注意の持続や分配が難しい(例:床の変化に気づけない)
  • 見えていても意味が理解できない(例:黒いマットが“穴”に見える)
  • 記憶の障害(例:物の配置を忘れ、つまずく)
  • 見当識障害(例:場所や方向が分からず慌てて動く)

つまり、私たちにとっては何気ない空間でも、
認知症の方にとっては“予測のつかない危険”が潜んでしまうのです。

さらに、環境要因のリスクは『転倒して初めて気づく』ことが多いため、ヒヤリハットが出るまで発見されにくかったり、生活に直結する不自由が感じにくいため対処が後回しになりがちです。

しかし、見逃されやすいからこそ、日常的に注意と改善を積み重ねる価値があるのです。

環境要因の具体例と、転倒に至る仕組み

以下に、代表的な環境要因について具体例と転倒のしくみを紹介します。

代表的な環境要因は、以下の通りです。

□ 段差・敷居

□ 滑りやすい床

□ 暗い照明

□ 家具配置

□ マット・カーペット

□ 履物

1. 床の段差・敷居

👉 具体例

  • 和室への敷居(数センチでも危険)
  • 浴室・玄関の段差

👉 転倒メカニズム

  • 「段差がある」ことに気づけず、つまずいてしまう
  • 足の挙上が不十分でも本人は問題を感じていない【1】

👉 現場ではこんなことも

ほんの2〜3cmほどの敷居や段差でつまずき、転倒してしまう方もいます。
普段は問題なく歩けていたため『このくらいなら大丈夫』と思ってしまいがちな段差ほど注意が必要です。

2. 床材の滑りやすさ

👉 具体例

  • 靴下で歩くフローリング
  • 濡れた浴室の床

👉 転倒メカニズム

  • 足の裏の感覚が鈍くなり、滑りに気づかない
  • 認知症により「危ない場所」と認識できない【2】

👉 現場ではこんなことも

浴室の床が少し濡れていただけでも、足を滑らせてしまうこともあります。
ご本人には「滑りやすい場所」という認識がなく、普段どおり歩いていたことが転倒につながったと考えられます。

3. 照明不足や光のムラ

👉 具体例

  • 廊下やトイレが暗い
  • 夜間の活動時に足元が見えない

👉 転倒メカニズム

  • 暗い場所が「影」や「穴」に見える
  • 光と影の差が強いと、立体であると誤認してしまう【3】

👉 現場ではこんなことも

夜間、廊下の暗くなっている場所を避けようとして足元が不安定になり、転倒しかけた方がいました。
照明の明るさだけでなく、光と影の見え方にも配慮することの大切さを改めて感じた出来事でした。

4. 家具・什器の配置と動線の複雑さ

👉 具体例

  • 通路にある車椅子や荷物
  • 生活動線上に障害物がある部屋

👉 転倒メカニズム

  • 記憶の障害で「昨日なかった物」にぶつかる
  • 回避動作中にバランスを崩しやすい【4】

延長コードや充電ケーブルなども、動線上ではつまずきの原因になります。

👉 現場ではこんなことも

掃除のために椅子の位置を少し変えただけで、いつもその椅子につかまって歩いていた方がバランスを崩しかけたことがありました。
私たちにとっては小さな変化でも、ご本人にとっては大きな環境の変化になることがあります。

5. マット・カーペット

👉 具体例

  • めくれたカーペットやラグ
  • 黒色や柄の強いマット
  • 滑り止めのない玄関マット

👉 転倒メカニズム

  • めくれた部分につまずきやすい
  • 黒いマットや濃い柄を「穴」や「段差」と認識し、無理にまたごうとしてバランスを崩す
  • マットが滑って足元が不安定になる【4】

👉 現場ではこんなことも

グレーのマットの前で立ち止まり、中々足が出ずにバランスを崩し、転倒しかけた方がいました。
私たちには普通のマットでも、ご本人には「穴」や「段差」のように見えていたのかもしれません。

6. 履物

履物は身体機能だけでなく、歩行環境の一部として転倒リスクに大きく影響します。
認知症の方では、適切な履物を選ぶことも重要な環境調整の一つです。

👉 具体例

  • かかとのないスリッパ
  • サイズの合っていない靴
  • 滑りやすい靴底の履物
  • 靴下だけで歩く

👉 転倒メカニズム

  • 足と履物がずれて歩行が不安定になる
  • スリッパが脱げたり引っかかったりしてつまずく
  • 床との摩擦が不足し、滑って転倒しやすくなる【1】【5】

👉 現場ではこんなことも

履き慣れたスリッパを使用していた方が、歩いている途中にスリッパが脱げてしまい、バランスをくずしてしまったことがありました。
「履き慣れていること」と「安全であること」は必ずしも同じではないため、履物選びも大切な環境調整の一つです。

環境調整だけでなく「安心して動ける空間づくり」を

環境整備というと「手すり」や「段差の解消」などの“物理的な安全対策”が中心に語られがちです。

しかし、認知症ケアでは「本人の感じ方」に寄り添った工夫こそが、真の予防につながります。

たとえば、次のようなケースを経験したことはないでしょうか?

  • 手すりを設置したが、本人が使わずに転倒した
  • 黒い玄関マットに怖がって近づけない
  • 自室の模様替え後に混乱して歩き回った

こうした場面は『本人の見えている世界』と『私たちの感覚』のズレによって起こります。

その方の“目線の世界”を想像して、寄り添う工夫を

  • 白い床に黒いマット →「穴」に見えて立ち止まる → 明るい色のマットに交換
  • 鏡に映る自分の姿 →「知らない人」と感じて不安 → 鏡に布をかけて視界から除く
  • 夜の窓の反射 →「外に人がいる」と誤解 → レースカーテンや遮光カーテンで反射を防止

物理的に安全な環境であっても、本人にとって「意味のある・安心できる空間」でなければ、行動は予測困難になります。

これが“安心して動ける空間”の鍵です。

家族と介護職、それぞれの視点からの環境整備

家族の視点:

  • 「昔から使っていた物」を残したくなる
    → 安心感のある環境として大切ですが、つまずきのタネが隠れていないかの確認も必要です。

介護職の視点:

  • 「安全性重視」で家具を動かす
    → ただし、本人が混乱しないよう、変更時は説明や段階的な調整が求められます。

互いの視点を尊重しつつ

「今の本人にとって意味があり、安全な空間は何か」

を共有していくことが、最も効果的な環境整備につながります。

おわりに

認知症高齢者の転倒を防ぐためには「環境要因」に目を向けることが非常に重要です。

私自身も、何度も「もっと早く気づいていれば…」と悔やんだ経験があります。

だからこそ、その失敗を糧に、次はもっとその方に合った環境をつくろうと工夫を重ね、
そしてその失敗を、他の方に対しても繰り返さなくて済むように、試行錯誤を重ねてきました。

環境は“今日から変えられるケア”のひとつです。

だからこそ、ケアをする私たちにとっても、とても希望の持てることだと思います。
焦らず、一歩ずつ見直していきましょう。

本人が安心して動ける空間をつくること。

そのために、物の配置や照明だけでなく「どう見えているか」「どう感じているか」という“その人の世界”に寄り添うこと。

そこにこそ、本当に意味のある環境整備のヒントがあります。

ご本人・ご家族・介護職員がともに視点を合わせ、環境を“安全かつ意味のあるもの”へと変えていく。

それが、転倒のない日常と、穏やかな暮らしに繋がるはずです。

小さな工夫の積み重ねが、大きな安心につながります。
今日からできる「ひと工夫」を、ぜひ見直してみてはいかがでしょうか。

【次回予告】

環境を整えることは、転倒予防にとても大切な取り組みです。
しかし、環境を改善しても転倒が繰り返される場合には「薬」の影響が隠れていることがあります。

認知症の方は複数の薬を服用していることも多く、眠気やふらつき、血圧の低下などが転倒につながることも少なくありません。

次回は「ポリファーマシー(多剤服用)」によって転倒リスクが高まる理由や、
介護職・ご家族が知っておきたい注意点について分かりやすく解説いたします。


転倒の原因は“ひとつ”ではありません

認知症の方の転倒は、今回ご紹介した「環境要因」だけで起こるわけではありません。

身体機能や認知機能、行動・心理症状(BPSD)、薬の影響など、さまざまな要因が重なり合って起こります。

「転倒の原因を全体像から理解したい」という方は、こちらの記事もぜひご覧ください。

👉 【転倒はなぜ起きる? 11の原因と予防をまとめて解説】

“事故の前”に気づく視点を持つために

転倒事故の多くは、突然起きているように見えて、実はその前に“小さなサイン”が隠れていることがあります。
その気づきを活かせるかどうかが、大きな事故を防ぐ鍵になります。

👉 【ヒヤリハットの活かし方】
👉 【介護現場の“当たり前”に潜む危険性】


参考文献・出典

【1】独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE)「高齢者の転倒・転落事故に関する調査」2020
【2】厚生労働省「高齢者住宅改修に関するガイドライン」2018年版
【3】Tinetti ME, Speechley M, Ginter SF. (1988). Risk factors for falls among elderly persons living in the community. NEJM, 319(26), 1701-1707.
【4】Dementia Australia. (2021). Changes in the environment and their effect on people with dementia
【5】消費者庁「高齢者の事故防止に関する啓発資料」

ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさんを発信しています。

詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!

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