※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
パーソンセンタードケアとは、認知症の症状だけでなく、その方の生活歴や価値観、思いを理解し、一人の人間として尊重することを大切にしたケアの理念です。
この記事では、その基本的な考え方や実践方法、本人の意思と健康・安全のバランス、介護現場で大切にしたい視点について解説します。
【要点】
- パーソンセンタードケアの基本理念と「その人らしさ」を尊重する意味が分かる
認知症の症状だけでなく、本人の生活歴や価値観、人間関係を理解することの重要性と、パーソンフッドや5つの心理的ニーズについて解説します。 - 本人の言葉や行動の背景を理解し、日々の介護に生かす方法を解説
繰り返される質問や帰宅願望、入浴拒否などの具体例を通して、本人が感じている不安や思いを理解し、一人ひとりに合ったケアを考えるための視点を紹介します。 - 本人の意思と健康・安全を両立するための実践的な判断のポイントが分かる
本人の希望を尊重することと、すべての希望を叶えることの違いや、限られた時間・人員の中で、家族や介護職員が協力しながらより良いケアを実践するための考え方を解説します。
【この記事で分かること】
・パーソンセンタードケアの基本理念と「その人らしさ」を尊重することの意味
・認知症の方の言葉や行動の背景を理解し、日々の介護に生かすための実践的な視点
・本人の意思と健康・安全を両立し、チームや家族でより良いケアを考えるための判断のポイント
家族介護・介護職のどちらにも役立つ、認知症の方を一人の人間として理解し、尊重するための考え方と実践方法を解説します。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
はじめに|認知症の方を「症状」だけで見ていませんか?
認知症の方と関わっていると、日々さまざまな言葉や行動に出会います。
「何度も同じことを聞いてくる」
「家に帰りたいと繰り返す」
「お風呂に入りたがらない」
「食事を用意しても食べようとしない」
こうした行動は、認知症の中核症状や、行動・心理症状(BPSD)などと関連づけて説明されることがあります。
もちろん、認知症という病気を理解することは、適切なケアを提供するうえで欠かせません。
しかし、同じような行動であっても、その背景にある理由は一人ひとり異なります。
例えば「家に帰りたい」という言葉一つを取っても、本当に自宅に帰りたい方もいれば、家族のことが心配な方、今いる場所に安心できない方、あるいは昔の生活に戻りたいという思いを抱えている方もいるでしょう。
それにもかかわらず、私たち介護者が「認知症だから帰宅願望がある」と理解し、その方自身への理解を深めようとせずに終えてしまったらどうでしょうか。
もしかしたら、その方が本当に伝えたかった思いを、見落としてしまうかもしれません。
認知症という病気を理解することと、認知症のあるその人自身を理解することは、必ずしも同じではありません。
今回紹介する「パーソンセンタードケア」は、まさにこの違いを考えるうえで重要な、認知症ケアの基本的な理念です。
この記事では、パーソンセンタードケアの意味や背景、具体的な実践方法、そして日々の介護の中で大切にしたい視点について解説します。
パーソンセンタードケアとは?
パーソンセンタードケア(Person-Centred Care)とは、認知症の症状や障害だけに注目するのではなく、その人の人格や価値観、生活歴、人間関係などを大切にし、一人の人間として尊重することを基本としたケアの考え方です。
認知症ケアにおけるこの考え方を発展させた人物として知られているのが、イギリスの心理学者トム・キットウッドです。
キットウッドは、認知症の方を病気や能力の低下という側面だけで捉えるのではなく、その方が周囲の人々とどのような関係を築き、どのように扱われているかにも目を向けました。
「パーソンフッド」という考え方
パーソンセンタードケアを理解するうえで欠かせないのが「パーソンフッド(Personhood)」という概念です。
パーソンフッドとは、簡単にいえば、一人の人間として認められ、尊重されることに関わる概念です。
ただし、単なる「個性」や「その人らしさ」と完全に同じ意味ではありません。
キットウッドは、人としての存在が他者との関係や社会的な文脈の中で認められ、尊重されることを重視しました。
例えば、認知症が進行して自分の意思を言葉で伝えることが難しくなったとしても、その方が一人の人間として尊重されるべきことに変わりはありません。
また、認知症によって以前のように仕事や家事ができなくなったとしても、それまで歩んできた人生や、その方が大切にしてきた価値観まで失われるわけではありません。
「何ができるか」だけで人の価値を判断しないこと。
そして、認知症があっても、その方を一人の人間として認め、尊重し続けること。
これがパーソンセンタードケアの重要な土台となります。
出典:Kitwood「Dementia Reconsidered: The Person Comes First」
Brooker「What is person-centred care in dementia?」
なぜ認知症ケアにパーソンセンタードケアが必要なのか?
記憶障害や見当識障害、行動・心理症状(BPSD)などについて理解することは、適切なケアを考えるために欠かせません。
しかし、同じ症状や行動が見られても、その背景にある理由は一人ひとり異なります。
ここでは、具体的な例から考えてみます。
同じ症状でも、その人によって理由は違う
例えば、食事を食べようとしない方が二人いたとします。
一人は、食べ物を食べ物として認識しにくくなっているのかもしれません。
もう一人は、長年慣れ親しんだ味付けと違うため、食欲が湧かないのかもしれません。
あるいは、義歯が合わずに痛みを感じていたり、周囲が騒がしくて食事に集中できなかったりする可能性もあります。
表面的には同じ「食べない」という行動でも、必要な対応は異なります。
ここで「認知症だから食べない」と考えてしまうと、その方に合った支援を見つけにくくなります。
一方で「この方はなぜ食べたくないのだろう」と考えれば、生活歴や身体状態、環境、心理的な要因など、さまざまな可能性に目を向けられます。
つまり、パーソンセンタードケアとは、認知症の知識を必要としない考え方ではありません。
認知症についての専門的な知識を土台としながら、その知識だけでは説明できない一人ひとりの違いにも目を向ける考え方なのです。
本人が見ている世界を理解しようとする
認知症の方は、記憶や時間、場所の認識が変化することで、周囲の人とは異なる状況を認識していることがあります。
例えば、すでに成人した子どもを、まだ学校に通っている年齢だと思っている方がいたとします。
その方が「子どもが帰ってくるから、早く家に帰らないと」と話したとき、介護者から見れば事実とは異なる発言です。
しかし、その方にとっては、子どもの帰宅を心配する気持ちが現実のものとして存在しているのかもしれません。
大切なのは、事実関係だけに目を向けるのではなく、その言葉の背景にある感情や思いを理解しようとすることです。
本人がどのような世界を認識し、何を感じているのかを理解しようとする姿勢が重要なのです。
出典:Kitwood「Dementia Reconsidered: The Person Comes First」
NICE「Dementia: assessment, management and support for people living with dementia and their carers(NG97)」
パーソンセンタードケアを支える5つの心理的ニーズ
キットウッドは、認知症の方にとって重要な心理的ニーズとして、次の5つを示しました。
① 安らぎ(Comfort)
安心できること、心地よく過ごせること、苦痛や不安が和らぐことへのニーズです。
例えば、不安を感じている方のそばに座って話を聞くことや、本人が落ち着ける環境を整えることなどが挙げられます。
② 愛着(Attachment)
信頼できる人とのつながりや、安心できる関係を求めるニーズです。
認知症によって周囲の状況が分かりにくくなると、なじみのある人や安心できる存在との関係が、より重要になる場合があります。
③ 仲間に入ること(Inclusion)
周囲の人々とのつながりを持ち、集団や社会の一員として受け入れられることへのニーズです。
例えば、職員同士だけで会話を進めるのではなく、本人にも話しかけたり、できる範囲で会話に参加してもらったりすることが考えられます。
④ 役割・活動への参加(Occupation)
自分にとって意味のある活動に取り組み、役割を持つことへのニーズです。
長年料理をしてきた方であれば、食材を混ぜたり、食器を並べたりすることに意味を感じるかもしれません。
ただし、過去に行っていた活動を無理に続けてもらうことが目的ではありません。
現在の本人の希望や能力に合わせて、その方にとって意味のある活動を考えることが重要です。
⑤ 自分が自分であること(Identity)
自分自身の存在や、これまでの人生とのつながりを感じられることへのニーズです。
例えば、本人が大切にしてきた名前の呼ばれ方、服装、習慣、趣味などを尊重することも、その一つです。
これら5つの心理的ニーズは、それぞれ独立しているわけではなく、互いに関係しています。
また、キットウッドの考え方では、これらのニーズを「愛」が結びつけるものとして捉えています。
認知症によって記憶力や判断力が低下しても、人とのつながりや安心、役割を求める気持ちがなくなるわけではありません。
むしろ、自分の思いをうまく伝えられなくなるからこそ、周囲の人がこうした心理的ニーズに目を向けることが大切になります。
出典:Kitwood「Dementia Reconsidered: The Person Comes First」
Kaufmann・Engel「Dementia and well-being: A conceptual framework based on Tom Kitwood’s model of needs」
パーソンセンタードケアを日常の介護で実践するには?
それでは、パーソンセンタードケアの考え方を、日々の介護にどのように生かせばよいのでしょうか。
具体的な場面から考えてみます。
何度も同じことを聞く方への対応
「今日は何曜日?」
「ご飯はまだ?」
同じ質問を何度も繰り返す方がいたとします。
介護者としては、何度も同じ説明をすることに負担を感じるかもしれません。
しかし、本人は前に質問したことを覚えていない可能性があります。
また、質問の背景に不安がある場合も考えられます。
例えば、食事の時間を繰り返し尋ねる方は、単に時間が分からないだけではなく
「自分の食事は用意されているのだろうか」と不安を感じているのかもしれません。
その場合、食事の時間を伝えるだけでなく
「ちゃんと用意してありますから、安心してくださいね」と伝えることが役立つ場合もあります。
大切なのは、質問の回数だけに注目するのではなく、本人が何を知りたくて、何を不安に感じているのかを考えることです。
帰宅願望がある方への対応
「家に帰りたい」と話す方に対して
「ここが今の家ですよ」と説明しても、納得してもらえないことがあります。
それは、本人が求めているものが、必ずしも物理的な自宅だけではないからかもしれません。
安心できる場所に戻りたい。
家族に会いたい。
昔の生活が懐かしい。
あるいは、今いる場所に居心地の悪さを感じている可能性もあります。
まずは本人の言葉を受け止め、その背景にある思いを探ることが重要です。
「お家のことが気になるんですね」
「お家では、どんなふうに過ごしていたんですか?」
こうした関わりが、本人を理解するきっかけになることもあります。
ただし、本人が本当に帰宅を希望している場合には、その意思を単なる症状として片付けず、実現可能性や安全性について検討する必要もあります。
入浴を拒否する方への対応
入浴を拒否する方に対して
「清潔にするために必要だから」と説得を続けても、うまくいかないことがあります。
しかし、拒否の背景にはさまざまな理由が考えられます。
裸になることへの羞恥心、浴室の寒さ、身体の痛み、職員との関係性、過去の嫌な経験などです。
本人の思いを理解することで、入浴の時間を変える、職員を変更する、浴室の環境を整えるなど、別の方法が見つかるかもしれません。
そして、その日に入浴できなかったとしても、健康状態を確認しながら、清拭や部分浴などの代替手段を考えることもできます。
パーソンセンタードケアは、本人に何かをしてもらうための技術ではなく、本人にとってより良いケアを考えるための理念です。
この違いは、忘れてはいけない大切な点だと思います。
バリデーションとユマニチュードとの違い
認知症ケアには、パーソンセンタードケア以外にも、本人の尊厳や安心を大切にする考え方や方法があります。
代表的なものとして、バリデーションとユマニチュードが挙げられます。
バリデーションとは?
バリデーションは、ナオミ・フェイルによって開発された、認知症のある高齢者などへのコミュニケーション法です。
本人の言葉が客観的な事実と異なっていても、その背景にある感情や主観的な現実を尊重し、共感的に関わることを大切にします。
例えば、亡くなった母親を探している方に対して、事実を訂正することだけに集中するのではなく、
「お母さんに会いたい」という思いに目を向けることが考えられます。
バリデーションについては、別の記事で詳しく解説します。
ユマニチュードとは?
ユマニチュードは、イヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティによって考案されたケアの方法論です。
「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱を重視し、相手との関係性を築きながらケアを行うことを大切にしています。
例えば、本人の視界に入ってから声をかけることや、安心できる触れ方を意識することなどが挙げられます。
ただし、単に目を合わせたり、身体に触れたりすればよいというものではありません。
本人がどのように感じているかを確認しながら、尊重する気持ちを具体的な行動で伝えることが重要です。
ユマニチュードについても、別の記事で詳しく紹介します。
3つの考え方は、どのように違うのか?
大まかに整理すると、次のようになります。
| 名称 | 主に重視する視点 |
|---|---|
| パーソンセンタードケア | その人を中心に、ケア全体を考える |
| バリデーション | 本人の感情や主観的な現実を尊重する |
| ユマニチュード | 関係性を築き、尊重を具体的な関わり方で伝える |
それぞれ独自の理論や体系があるため、単純に優劣をつけられるものではありません。
また、実際の介護では、これらの考え方や方法を組み合わせることもできます。
重要なのは、特定の方法を実践すること自体を目的にするのではなく、その関わりが本人の安心や尊厳、生活の質につながっているかを考えることです。
出典:Feil「The Validation Breakthrough: Simple Techniques for Communicating with People with Alzheimer’s-Type Dementia」
日本ユマニチュード学会「ユマニチュードとは」
ジネスト・マレスコッティ・本田美和子「ユマニチュード入門」
パーソンセンタードケアは、本人の希望をすべて叶えることではない
ここまで、本人の思いや価値観を尊重することの重要性について説明してきました。
しかし、ここで一つ考えておきたいことがあります。
それは、
「本人の意思を尊重すること」と「本人の希望をすべて叶えること」は、必ずしも同じではない
ということです。
例えば、糖尿病のある方が甘いものをたくさん食べたいと希望している場合、本人の希望をそのまま叶えることが、必ずしも健康や生活の質につながるとは限りません。
一方で、健康のためという理由だけで、本人の楽しみを一方的に取り上げることも適切とはいえません。
食べる量や頻度、健康状態、本人にとっての楽しみの意味などを踏まえ、より良い方法を一緒に考える必要があります。
入浴や服薬、外出などについても同様です。
本人の希望と、安全や健康のために必要と考えられる支援が対立する場面は、実際の介護現場で少なくありません。
そのようなとき、介護者には難しい判断が求められます。
本人の言葉が、必ずしもすべての思いを表しているとは限らない
パーソンセンタードケアでは、本人の意思を尊重することが重要です。
しかし、本人が口にした言葉だけで、その方の本当の思いや希望をすべて理解できるとは限りません。
例えば「何もしたくない」と話す方がいたとします。
その言葉は、本人が今は静かに過ごしたいと考えていることを表しているのかもしれません。
一方で、身体の痛みや疲労、不安、周囲の環境などが影響している可能性もあります。
また、自分の気持ちをうまく言葉にできず、結果として「何もしたくない」という表現になっている場合も考えられます。
大切なのは、本人の言葉を否定したり、介護者が勝手に別の意味へ置き換えたりすることではありません。
本人が発した言葉を大切にしながら、その背景にある思いや、言葉だけでは表現しきれない気持ちにも目を向けることです。
そして、本人の表情や反応、身体の状態、生活歴なども手がかりにしながら、その方が何を望んでいるのかを丁寧に考えていく必要があります。
本人の意思を尊重することと、本人の言葉だけで判断を終えてしまうことは、必ずしも同じではないのです。
「本人のため」という言葉の危うさ
ここで注意したいのが、
「本人のため」という言葉です。
介護者が良かれと思って行ったことでも、本人にとっては苦痛や不安につながる場合があります。
例えば、転倒を防ぐために本人の行動を過度に制限してしまえば、安全性は高まるかもしれませんが、自由や生活の楽しみを奪ってしまう可能性もあります。
また、清潔保持のためという理由で、拒否している本人に強引に入浴してもらうことは、尊厳を傷つけるだけでなく、身体的・心理的な負担を与えるおそれがあります。
必要なケアであっても、本人の意思を無視した強制が当然に認められるわけではありません。
だからこそ、本人の希望を理解し、必要性やリスクを検討し、代替手段を探しながら、できる限り納得や同意を得られる関わり方を考える必要があります。
パーソンセンタードケアとは、介護者の判断をなくすことではありません。
むしろ、本人の意思と専門的な判断の両方を大切にしながら、何がその方にとって望ましいのかを考え続けることなのだと思います。
パーソンセンタードケアの理想と、介護現場の現実
パーソンセンタードケアの理念を理解することと、それを日々の介護の中で実践することは、必ずしも同じではありません。
介護現場では、限られた時間や人員の中で、複数の方の生活を支える必要があります。
一人ひとりの思いを丁寧に聞き、その方に合った方法を考えることが大切だと分かっていても、すべての場面で十分な時間を確保できるとは限りません。
しかし、だからといって、パーソンセンタードケアが実践できないというわけではありません。
例えば、忙しい時間帯であっても、本人の目線に合わせて声をかけること。
ケアを始める前に、これから何をするのかを説明すること。
本人が嫌がる様子を見せたときに、いったん手を止め、その理由を考えること。
こうした日常の小さな関わりにも、パーソンセンタードケアの理念を生かすことができます。
大切なのは、常に理想的な対応ができることではなく、限られた条件の中でも、本人を一人の人間として尊重する視点を失わないことなのだと思います。
職員によって「本人のため」の判断が異なることもある
介護現場では、同じ方へのケアであっても、職員によって判断が異なる場合があります。
例えば、転倒リスクが高い方が「自分で歩きたい」と希望している場合です。
ある職員は、本人の意思や残された歩行能力を大切にし、できる限り歩いてもらいたいと考えるかもしれません。
一方で、別の職員は、転倒による骨折などを心配し、車椅子の使用や付き添いを優先したいと考えるかもしれません。
どちらも本人のことを考えた判断ですが、重視している点が異なります。
こうしたときに重要なのは、どちらの職員が正しいのかを決めることだけではありません。
本人が歩きたい理由や現在の身体能力、転倒の危険性、必要な支援などを確認し、どのような方法なら本人の希望と安全を両立できるのかを考えることです。
そして、その判断を一人の職員だけに任せるのではなく、本人や家族、必要に応じて医療職などとも相談しながら、チームでケアの方針を検討していく必要があります。
パーソンセンタードケアは、一人の職員が正解を見つけるための考え方ではなく、チーム全体でその方にとってより良いケアを探し続けるための理念でもあるのです。
パーソンセンタードケアを実践するために、介護職員ができること
パーソンセンタードケアは、理念を理解するだけでは実現できません。
日々の介護の中で、その方を理解しようとする姿勢を持ち続けることが重要です。
生活歴や価値観を知る
本人がこれまでどのような生活を送り、何を大切にしてきたのかを知ることは、ケアを考えるうえで大きな手がかりになります。
仕事、趣味、家族との関係、生活習慣、好きなことや苦手なこと。
こうした情報は、本人の行動や言葉を理解するために役立ちます。
ただし、過去の生活歴だけで現在の本人を決めつけないことも大切です。
人の好みや価値観は変化することがありますし、今の本人が何を望んでいるかにも目を向ける必要があります。
本人の反応を注意深く見る
認知症が進行すると、自分の気持ちを言葉で伝えることが難しくなる場合があります。
そのため、表情や声の調子、身体の動き、周囲の環境に対する反応なども重要な情報になります。
ただし、介護者が観察した反応が、必ずしも本人の本当の気持ちを正確に表しているとは限りません。
「きっとこう思っているはず」と決めつけず、複数の可能性を考えながら関わることが必要です。
チームで理解を共有する
一人の職員が把握できる情報には限界があります。
ある職員の前では入浴を拒否していても、別の職員とは穏やかに入浴できることがあるかもしれません。
その違いを単に職員の技術や相性だけで説明するのではなく、時間帯や声かけ、環境、本人の体調なども含めて考えることが大切です。
そして、うまくいった対応だけでなく、うまくいかなかった対応や本人の反応も共有することで、一人の職員だけでは気づけなかった、その方の思いやニーズが見えてくることもあります。
職員それぞれが持つ情報を組み合わせ、本人への理解を深めていくことが、より個別性の高いケアにつながります。
家族にもできるパーソンセンタードケア
パーソンセンタードケアは、介護施設や専門職だけのものではありません。
在宅で認知症の方を支える家族にとっても、大切な考え方です。
例えば、以前から大切にしてきた生活習慣をできる範囲で続けること。
本人が好きだった音楽を一緒に楽しむこと。
できなくなったことだけではなく、今もできることに目を向けること。
こうした日常の関わりにも、パーソンセンタードケアの考え方を生かすことができます。
ただし、家族が本人の希望をすべて受け入れたり、常に穏やかに対応したりする必要があるわけではありません。
介護する家族にも、生活や健康、感情があります。
本人を大切にすることと、介護する家族が無理をし続けることは同じではありません。
必要に応じて介護サービスや専門職の支援を利用しながら、本人と家族の双方が安心して暮らせる方法を考えることも大切です。
まとめ|「その人らしさ」を理解しようとすることから始まる
パーソンセンタードケアとは、認知症という病気や症状だけに目を向けるのではなく、その方を一人の人間として理解し、尊重することを大切にしたケアの考え方です。
認知症が進行しても、その方が歩んできた人生や、大切にしてきた価値観が無意味になるわけではありません。
また、本人の意思を尊重することは、希望をすべて叶えることでも、介護者が必要だと考えるケアを無条件に実施することでもありません。
本人の思いを理解し、安全や健康、生活の質とのバランスを考えながら、より良い方法を探し続けることが重要です。
そのためには、認知症の症状を理解するだけでなく、本人の生活歴や価値観、心理的なニーズ、周囲との関係性にも目を向ける必要があります。
「認知症の方だから、こう対応する」ではなく、
「この方だから、どのように関わることが望ましいのだろう」と考えること。
その問いを持ち続けることが、パーソンセンタードケアを日々の介護に生かすための、大切な出発点なのではないでしょうか。
参考文献・出典
この記事では、以下の資料・論文などを参考資料として、認知症介護の現場での視点を加えて解説しています。
- Kitwood「Dementia Reconsidered: The Person Comes First」(1997年)
― パーソンセンタードケアの基本理念、パーソンフッド(一人の人間として認められ、尊重されること)の概念、認知症の症状だけでなく本人の人格や人間関係を重視する考え方について - Brooker「What is person-centred care in dementia?」(2004年)
― パーソンセンタードケアの定義と構成要素を整理し、個人の価値、個別性、本人の視点、周囲との関係性を大切にするケアの考え方について - Kaufmann・Engel「Dementia and well-being: A conceptual framework based on Tom Kitwood’s model of needs」(2016年)
― キットウッドが提唱した「安らぎ・愛着・仲間に入ること・役割や活動への参加・自分が自分であること」という5つの心理的ニーズと、認知症の方の主観的な幸福感との関係について - Røsvikら「What is person-centred care in dementia? Clinical reviews into practice: the development of the VIPS practice model」(2013年)
― パーソンセンタードケアの理念を介護現場で実践するためのVIPSモデル、本人の視点を中心にしたケアの振り返り、職員間の情報共有や組織的な取り組みについて - NICE「Dementia: assessment, management and support for people living with dementia and their carers(NG97)」(2018年)
― 認知症の方の意思決定への参加、生活歴や好みの把握、本人の尊厳と個別性を重視したケア、家族への支援、介護職員の教育について - Feil「The Validation Breakthrough: Simple Techniques for Communicating with People with Alzheimer’s-Type Dementia」(2002年・第2版)
― バリデーションの基本的な考え方、認知症の方の感情や主観的な現実を尊重し、共感的なコミュニケーションを通じて関係を築く方法について - 日本ユマニチュード学会「ユマニチュードとは」
― ユマニチュードの基本理念、「見る・話す・触れる・立つ」という4つの柱、相手に尊重する気持ちを伝えながら信頼関係を築くケアの方法について - ジネスト・マレスコッティ・本田美和子「ユマニチュード入門」(2014年・医学書院)
― ユマニチュードの基本的な技術、4つの柱と5つのステップ、本人の状態に合わせてケアを提供するための具体的な関わり方について
※ 本記事の具体的な介護場面や対応例には、上記の理論・ガイドラインを踏まえた実践的な考察を含みます。すべての対応例が個別の研究によって直接検証されたものではありません。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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