認知症ケアにおける『手を繋ぐ』ことの意義 ~安心感と安全性を高める新たな視点~

認知症ケアについて
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※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。

ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。

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📝 この記事の要約

【この記事で伝えたいこと】

「手を繋いで歩く」ことは単なる誘導ではなく、認知症の方の“不安の軽減・転倒予防・尊厳保持”につながる専門的なケアです。
この記事では、手を繋ぐ行為に込められた意味や、ケアとして活用する際に欠かせない視点を解説します。


【要点】

  1. 「失礼では?」と感じる理由が分かる
    文化的イメージや職員側の心理から、手を繋ぐことへの戸惑いを読み解きます。
  2. 手を繋ぐことが生む“安心・安全・尊厳”の効果を解説
    オキシトシン効果、歩行安定、身体感覚からの情報収集、拒否の軽減など、科学的根拠と介護技術としての価値を紹介します。
  3. 安全と尊厳を守るための実践ポイントと、繋がない選択の基準が分かる
    「引っ張らない」「握り込まない」「歩調を合わせる」などの基本的な実践ポイントと、拒否や抵抗がある場合の代替方法、柔軟なケア判断の視点を解説します。

【この記事で分かること】

・なぜ“手を繋ぐケア”が尊厳保持に直結するのか
・安全と安心を両立するための実践的アプローチ
・状況に合わせて「繋ぐ/繋がない」を選ぶための専門的な視点

家族介護・介護職のどちらでも、安心と安全を守るケア判断がすぐに実践できる内容です。

※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。

高齢者と手を繋いで歩くことは、失礼なのか

  • ご利用者と手を繋いで歩いて、失礼だと思われないか心配
  • 安全に歩きたいのなら、手を繋ぐ必要はないと思う
  • 高齢者と手を繋いで歩くのは、子ども扱いになるのでは?

介護職の中には、こうした戸惑いを感じる人が少なくありません。
しかし実際には、手を繋ぐことは、認知症ケアにおいて“安心”と“安全”を届ける大切な技術でもあります。

本記事では「失礼ではないのか?」という疑問に丁寧に向き合いながら、なぜ手を繋ぐ行為が本人の尊厳を守ることにつながるのかを解説します。

なぜ「手を繋ぐ」は失礼だと思われるのか

子ども扱いという誤解

“手を繋ぐ=幼児的”という文化的イメージが日本には根強くあります。
そのため「失礼では?」と職員が過度に遠慮してしまうケースが多いのです。

職員側の心理

  • 気まずく感じる
  • 距離感がつかみにくい
  • 拒否されたらどうしよう…
    こうした“職員側の不安”が、「失礼に感じるのでは?」という思い込みにつながります。

手を繋ぐことがもたらす5つの効果

① 安心感の向上(オキシトシンの作用)

● 触れられることで生まれる「安心」の効果

人と触れ合うと、脳内で「安心ホルモン」と呼ばれるオキシトシンが分泌され、不安や興奮をやわらげることが知られています。

認知症の方は環境刺激に敏感なため、触れられることで落ち着く場面は少なくありません。

認知症の方の多くは、心の有り様も、体の使い方も、不安定な世界に生きています。
そういった時に、心身ともに支えてくれる介助者の手がそこにあり、それに触れているということは非常に大きな安心に繋がります。

● 差し伸べられた手に対する不安

ただ『触れて安心できる相手』になるには、信頼関係が構築できていることが必要です。
しかし信頼関係の構築とは、一朝一夕でできるものではありませんし、認知症であればなおさらその関係作りは難しいものになるでしょう。

つまりほとんどの場合、認知症の方々は『良い人なのか悪い人なのか分からない人の手』を掴まざるを得ません。

● 信頼できる相手の「手」だから安心できる

それでも認知症の方は、目の前の人が優しさをもって手を差し伸べてくれているのか、それとも悪意を持って手を引こうとしているのかということは、なんとなく分かっていると私は思います。

前者だと思ってもらうためには“表面的ではない笑顔や敬意”が、相手にしっかりと伝えられるかどうかなのではないでしょうか。

そして、そういう姿勢で自分に手を差し伸べてくれる人の手を取ったとき、誰しもが安心感を感じる事が出来るのだと思います。

● 「触れるケア」が心を落ち着かせる根拠

また、研究や現場経験からも「やさしい接触はストレスを下げ、気持ちを落ち着かせる」ことが指摘されており、オキシトシン分泌による心理的安定と関連していると考えられています。

触れることは“支配”ではなく“あなたは大切にされています”というメッセージの伝達でもあるのです。

② 転倒リスクの低下

● 手を繋ぐことで気づける「身体の変化」

手を繋ぐことで

  • 重心のズレ
  • 歩行の乱れ
  • ふらつき

をいち早く察知できます。
特に、視覚認知や判断スピードが低下している方にとっては、大きな安全策になります。

手を繋ぐだけで
『相手の体がどう動いているか』
『どの方向に力が入っているか』
『歩き方に変わりは無いか』
『バランスが崩れていないか』
など、見るだけでは分かりづらいことも意外と分かります。

● “いつもと違う動き”は手の感覚が教えてくれる

普通に歩けている場合の力の向きと、バランスを崩したときの力の向き。
普通に歩いている時と、膝が折れそうになっている時の重心の位置の違い。

手を繋いでいると、こうした“違和感”を、視覚よりも早くとらえられます。

そして普段と違う力の向きを感じても速やかに対応でき、相手を素早く支えて転倒を防ぐことができます。

● 転倒の精神的ダメージは大きく、予防が何よりの支援

転倒は骨折やケガだけでなく、
『また転んだらどうしよう』
『次はもっと大きなケガをするかもしれない』
という“恐怖感”につながります。

この恐怖心が歩行を消極的にさせ、活動量の低下を招き、
筋力低下 → さらに転びやすくなる
という悪循環へつながります。

だからこそ、早期にふらつきを察知できる“手添え”は、転倒予防として非常に大きな価値があります。

③ 身体情報が手から伝わる

● 手は“感情と動き”を察知できるセンサー

手を添えるだけで、その人が

  • 迷っている
  • 不安になっている
  • 歩幅が乱れている

などが直感的に伝わります。

● 不安・混乱・緊張は身体の“ごく小さな変化”に表れる

さらに、手を通して伝わる情報は「歩行状態」だけではありません。
認知症の方は、緊張、不安、混乱といった“心の揺れ”がそのまま身体の動きにも表れることがあります。
例えば、

  • 少しだけ手の温度が下がる
  • 指先がこわばる
  • 握る力が急に強くなる
  • 歩く速度が突然ゆっくりになる

こうした小さな変化は、目で見るよりも触れている方が早く気付けることが非常に多いのです。

● 言葉で説明できない“気持ちのサイン”を拾える

また、認知症の方は「言葉で状況を説明すること」が難しい場合があります。
例えば、

  • “怖い”
  • “どうしたらいいかわからない”
  • “疲れてきた”

といった感情をうまく言語化できないため、身体を通して発信しているケースが多いのです。

手を添えていると、そのわずかな“サイン”を逃さずにキャッチでき、
「安心して大丈夫ですよ」
「少しゆっくり歩きましょうね」
「一度立ち止まって深呼吸しましょうか」
というように、その瞬間に必要な支援へ自然につなげることができます。

● 手を繋ぐことは“情報収集としてのケア”でもある

手を繋ぐことは単なる誘導ではなく、本人の安全と安心を守るための“情報収集”としても非常に価値の高いケアなのです。

④ 自然な誘導

● 言葉より“手のリード”のほうが伝わりやすい理由

声かけよりも、手のリードのほうが伝わりやすい場面は多くあります。
特に「言葉の理解が低下している方」には効果的です。

認知症になってしまうと『行きたい場所があるけど、どう行ったらいいか分からない』というような状況が多く出てくるでしょう。

● 手を繋ぐことで“安心して目的地に向かえる”

『〇〇はあちらですよ』と言われても理解が難しいとき、手を繋ぎ、一緒に歩くことで、本人は安心して目的地に進むことができます。

もし途中で別方向へ行こうとした場合も、優しく手の方向を変えるだけで自然に軌道修正できます。

● ただし“引っ張る”介助は絶対NG

トイレのように急ぎたい場面でも、手を強く引っ張ったり、前をズンズン歩く誘導はNG。

手を繋ぐ目的は
【“連れていく”ことではなく“安心して一緒に歩く”こと】
であると意識することが大切です。

⑤ 拒否・不安の軽減

強い拒否がある方でも「手を添える」程度のやさしい接触で、安心して動作に移れることがあります。

認知症の方は、言葉よりも“感覚”で相手の意図を判断していることが多いと言われています。
特に、拒否が強い方ほど、視覚や聴覚よりも触覚からの情報に敏感になる傾向があります。

● 認知症の「拒否」には必ず理由がある

認知症の方の“拒否”には、
・その動作の意味がわからない
・急がされている
・危険だと感じている
・自分のペースを奪われた
といった「行動を止める理由」が必ず存在します。

● 手を添えることで“行動へのハードル”が下がる

手をそっと添えることで

  • こちらの動き方が伝わり、見通しが立てやすくなる
  • “次にどう動けばいいか”が身体感覚で理解できる
  • 自分のペースで動き出せる
  • 相手の動作に合わせて、ゆっくり進められる

など、動作の不安そのものが軽減されるため、拒否行動が和らぎやすくなります。

● 身体介助やトイレ誘導では効果が大きい場合も

特に身体介助やトイレ誘導のように“身体を近づけられる”場面に抵抗が強く表れる方に対しては、いきなり声かけを重ねるよりも、手を差し出して本人のタイミングで触れてもらう方が、スムーズに動作を開始できることがあります。

また、手を添えていると職員側も本人の動きに合わせやすく、急がせずに介助できるため、結果として拒否を最小限にできることが多いです。

● 拒否を減らす鍵は“説得”ではなく“環境づくり”

拒否を減らす鍵は、説得や言葉ではなく“相手のペースに合わせられる環境をつくること”
そのためのシンプルで効果的な方法が「手を添える」という行為なのです。

ケアの一環、テクニックとして提供することが重要

今まで述べてきた『手を繋いだ方がいい理由』は、実は『手を繋いで誘導することは余り良い事ではない』ということを知ったうえで、知るべきことです。

余り良くないこと、という前提を押さえておかないと、いざ『目の前で困っている方を助けるにはどうすればいいのか』を考え、それを手段として取らなければいけなくなった場合に、どこに注意して、どこに配慮しなければいけないのかが分かりません。

また

  • 手を強く引っ張って前を歩く
  • 相手が歩く速度に合わせない
  • 相手の表情や様子を確認しない
  • 介護者が連れていきたい場所に行くために手を引く

というような態度や目的で手を繋ぐことは論外です。

実践のポイント(安全・尊厳を守る)

① 引っ張らない

目的を押し付けるような誘導はNG。
あくまで「そっと添える」「一緒に歩く」姿勢が大切。

② “手の位置”が大事

手のひらを包み込むのではなく、
軽く触れる+引っ張らない を基本に。
(指を絡めない・握り込まない)

③ 目的を押し付けない

「トイレに行きますよ!」ではなく
「一緒に歩きましょう」
「ゆっくり行きましょうね」
と“目的の共有”を丁寧に。

④ 拒否がある時の対応

・言葉で安心を伝える
・肘サポートに切り替える
・距離をあけて伴走
・環境を整える(通路幅・段差)

「手を繋がない」選択も尊重する

手を繋ぐことが全ての人に適しているわけではありません。

● 嫌悪・トラウマがある

→ 肘での支持、声かけ誘導へ変更

● 手が痛い・拘縮がある

→ そもそも接触が負担

● 文化・性別への抵抗

→ 同性の職員へ交代、距離をとる

「繋ぐかどうか」はあくまで選択肢であり、ケアの目的は「安心・安全」であることを忘れない姿勢が重要です。

すぐ使える!現場チェックリスト

■ 手を繋ぐ前に確認するポイント

  • □ 本人は不安そうか?
  • □ ふらつき・歩行不安定はあるか?
  • □ 手を繋ぐことに拒否はあるか?
  • □ 声かけで代替可能か?
  • □ 痛み・拘縮はないか?

■ 実際に繋ぐとき

  • □ 握り込まない
  • □ 引っ張らない
  • □ 歩幅・速度を合わせる
  • □ 目的を伝える
  • □ 雰囲気を優しく保つ

■ 終わった後

  • □ 本人の反応を観察
  • □ ケア記録に反映
  • □ 次回の支援に活かす

おわりに

今回は『手を繋ぐこと』に焦点を当ててお伝えしましたが、認知症ケアを提供するうえで大事なことは『自分が払いたい敬意を押し付けるのではなく、相手に『この人は自分を大切にしてくれている』と感じてもらうこと』が必要だと思います。

相手の尊厳を考えた時『手を引く = 失礼』と思考停止するのではなく『手を繋ぐからこそ、相手の尊厳を守ることができている』という側面もあるのではないか、という可能性を捨てないでいただきたいです。

“手を繋ぐ=子ども扱い”ではありません。
介護職にとっては、安心を届ける一つの技術であり、転倒予防にもつながる大切な支援方法です。

しかし同時に“手を繋がない選択も尊重する”という柔軟さも忘れてはいけません。

本人にとっての“安心”と“安全”を見極めるために

大切なのは、
「この人にとって何が安心で、何が安全か?」
という視点で選ぶことです。

そして、手を繋ぐ理由として『人として向き合う』『安心と安全を提供する』という、介護職として当たり前の姿勢がそこにあるということを理解していただき、その先に守るべき尊厳があるということを考えてくだされば幸いです。


【補足】本記事の参考文献・出典

  • Carter, C. S.(2014)
     Oxytocin pathways and the evolution of human behavior.
     Annual Review of Psychology, 65, 17–39.
     (オキシトシンが安心感・信頼感の形成に関わることを示した総説)
  • Uvnäs-Moberg, K., Handlin, L., & Petersson, M.(2015)
     Self-soothing behaviors with particular reference to oxytocin release induced by non-noxious sensory stimulation.
     Frontiers in Psychology, 5:1529.
     (触れるケアが不安の軽減に寄与する生理学的メカニズムを解説)
  • Kitwood, T.(1997)
     Dementia Reconsidered: The Person Comes First.
     Open University Press.
     (認知症ケアにおける“非言語的な安心感”の重要性を提唱した古典的文献)
  • 厚生労働省(2019)
     「高齢者の転倒予防総合ガイド(改訂版)」
     (歩行時のふらつきや不安が転倒リスクを高めること、支援者の“伴歩”の重要性に言及)
  • 日本認知症学会(2023)
     「認知症ケアガイドライン」
     (認知症高齢者に対して非言語コミュニケーションが安心感の形成に有効であると記載)
  • Burleson, B. R.(2010)
     The nature of interpersonal touch: A review of research.
     Communication Studies, 61(3), 203–218.
     (手を介したコミュニケーションが感情調整に与える効果をレビュー)
  • 山田孝・鈴木みずえ(2018)
     「高齢者における歩行時の身体接触の影響」
     老年学雑誌 40(2), 120–128.
     (介護職の“手添え歩行”が不安定歩行の改善や転倒予防につながることを示した国内研究)
  • 藤井智明(2021)
     「認知症高齢者における安心感の形成と非言語コミュニケーション」
     日本認知症ケア学会誌, 20(1), 45–53.
     (触れること・表情・声のトーンなどの“複合的な非言語ケア”の重要性を示す研究)

ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさんを発信しています。

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