高齢者と手を繋いで歩くことは、失礼なのか
介護の現場で、以下のような声を耳にすることがあります。
- お客様である入居者様と手を繋いで歩くことは、失礼ではないか
- 安全に歩きたいのなら、手を繋ぐ必要はない
- 敬うべき方に対して、子供のように手を引くなんて言語道断だ
このような意見を持ち、実際に行動に移し、模範を示している方々は、本当に立派だと思いますし、介護者の鑑だと思います。
例え介護が必要な状態になったとしても、誰もが安心して暮らすことができる今の日本の礎を作り上げてくれた、全ての方々に敬意を払う。
そのような『信念をもって介護を提供している方々』から見れば確かに、手を繋ぐということは『相手をまるで子供のように扱っている』ように見え、とても失礼な行為だと映るのでしょう。
では本当に『手を繋ぐ行為』は、そのすべてが失礼なのでしょうか。
10年以上介護に携わり、日々認知症の方と関わる中で私は『そうではない』と強く感じています。
その理由について、あくまで認知症ケアの観点から、説明していきます。
手を繋ぐことで得られる身体的な情報
手を繋ぐだけで『相手の体がどう動いているか』『どの方向に力が入っているか』『歩き方に変わりは無いか』『バランスが崩れていないか』など、見るだけでは分かりづらいことも意外と分かります。
普通に歩けている場合の力の向きと、バランスを崩したときの力の向き。普通に歩いている時と、膝が折れそうになっている時の重心の位置の違いなど、手を繋いでいるだけで感じられることはたくさんあると思います。
そして手を繋いで歩くことで、普段と違う力の向きを感じても速やかに対応することができます。素早く相手を支えることで転倒を防ぎ、骨折や外傷を負わずに済むだけではなく、『転んでしまった』というショックから守ることもできます。
特に精神的なショックを防ぐことは非常に重要です。
高齢になってから転んでしまうと『また転んだらどうしよう』『次転んだら、骨を折ってしまうかもしれない』などの恐怖心が芽生えてしまい、歩くことに対して及び腰になってしまうことがあります。
その結果、外に出たり活動することが減って更に筋力が落ち、もっと転びやすくなってしまうという悪循環ができあがってしまうのです。
手を繋ぐことで自然な誘導方法になる
認知症になってしまうと『行きたい場所があるけど、どう行ったらいいか分からない』というような状況に陥ってしまうことが間々あります。
そして『〇〇はあちらですよ』と伝えても、中々理解していただくことが難しい場合も多いです。
そのようなときには手を繋ぎ、ともに目的地を目指すことが最善の一手であることはいうまでもありません。そしてその方が、目の前で困っている認知症の方も安心して目的地まで向かう事が出来るでしょう。
もし途中で違う方向に行きそうになっても、それとなく優しく、正しい方向に手を引くことで、短い時間で目的地に到着できるでしょう。特にトイレに行きたいなどの場合は、時間をかけることができません。
当然ではありますが、手をぐいぐい引っ張って『連れていく』というような介助はNGです。
1人じゃない、支えられているという安心を感じられる
認知症の方の多くは、心の有り様も、体の使い方も、不安定な世界に生きています。
そういった時に、心身ともに支えてくれる介助者の手がそこにあり、それに触れているということは非常に大きな安心に繋がります。
ただ『触れて安心できる相手』になるには、信頼関係が構築できていることが必要です。しかし信頼関係の構築とは、一朝一夕でできるものではありませんし、認知症であればなおさらその関係作りは難しいものになるでしょう。
つまりほとんどの場合、認知症の方々は『良い人なのか悪い人なのか分からない人の手』を掴まざるを得ません。
それでも認知症の方は、目の前の人が優しさをもって手を差し伸べてくれているのか、それとも悪意を持って手を引こうとしているのかということは、なんとなく分かっていると私は思います。
前者だと思ってもらうためには、表面的ではない笑顔や敬意が、相手にしっかりと伝えられるかどうかなのではないでしょうか。
そして、そういう姿勢で自分に手を差し伸べてくれる人の手を取ったとき、誰しもが安心感を感じる事が出来るのだと思います。
また人に優しく触れると『安心と信頼の幸せホルモン』と呼ばれる『オキシトシン(安心感や信頼感を高めるホルモン)』が分泌され、不安などを抑える効果があります。これにより、より深い安心感に繋がる事でしょう。
ケアの一環、テクニックとして提供することが重要
今まで述べてきた『手を繋いだ方がいい理由』は、実は『手を繋いで誘導することは余り良い事ではない』ということを知ったうえで、知るべきことです。
余り良くないこと、という前提を押さえておかないと、いざ『目の前で困っている方を助けるにはどうすればいいのか』を考え、それを手段として取らなければいけなくなった場合に、どこに注意して、どこに配慮しなければいけないのかが分かりません。
また
- 手を強く引っ張って前を歩く
- 相手が歩く速度に合わせない
- 相手の表情や様子を確認しない
- 介護者が連れていきたい場所に行くために手を引く
というような態度や目的で手を繋ぐことは論外です。
今回は『手を繋ぐこと』に焦点を当ててお伝えしましたが、認知症ケアを提供するうえで大事なことは『自分が払いたい敬意を押し付けるのではなく、相手に『この人は自分を大切にしてくれている』と感じてもらうこと』が必要だと思います。
相手の尊厳を考えた時『手を引く = 失礼』と思考停止するのではなく『手を繋ぐからこそ、相手の尊厳を守れている』という側面もあるのではないか、という可能性を捨てないでいただきたいです。
そして手を繋ぐ理由として『人として向き合う』『安心と安全を提供する』という、介護職として当たり前の姿勢がそこにあるということを理解していただき、その先に守るべき尊厳があるということを考えてくだされば幸いです。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさんを発信しています。
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