※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症ケアは「技術」よりも「安心」と「笑顔」をつくる関わりに本質があります。
困っている人を助けるだけではなく、ストレスを和らげ、心がほっとする瞬間を増やすこと。
それが認知症の進行を緩やかにし、本人・家族・職員のすべてに笑顔を生み出すケアにつながります。
【要点】
- 認知症ケアは『助けたい』という思いから始まる
技術よりも先に、目の前の人を大切に思う姿勢がケアの質を決めるということを解説します。 - 笑顔にはストレスを減らし、認知症の進行を緩やかにする効果がある
笑顔が『安心している状態』を示していることと、それが脳への負担を軽減する理由を紹介します。 - 小さな関わりでも安心と笑顔を引き出せる
手を握る、話を聞くなどシンプルな行動の積み重ねが、信頼と心の安定に繋がるということを解説します。
【この記事で分かること】
・認知症ケアが「一般的な支援」とどこが違うのか
・笑顔が認知症の進行を緩やかにする理由
・日常の中で実践できる、安心をつくるコミュニケーション
・認知症ケアの基本的な考え方
家族介護・介護職のどちらでも、安心と安全を守るケア判断がすぐに実践できる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
認知症ケアについて
『認知症ケアとは何か』という事については【認知症ケアの本質とは? ~技術だけではない”思い”の大切さ~】もお読みください。
以前の記事では
『目の前で困っている人を助けたいという気持ちが必要』
『目の前で困っている人が認知症だった時に使える技術が認知症ケア』
という風に書きました。
つまり認知症ケアとは、単なる技術ではなく『目の前の困っている方を助けたい』という思いから始まります。
では
『困っている人を助ける』
ことと
『困っている認知症の方に認知症ケアを提供する』
ことは、何が違うのでしょうか。
本記事では、認知症ケアにおいて『笑顔』を引き出すことに重要性についてお伝えいたします。
なぜ『認知症ケア』が必要なのか?
困っている人を助けるという事は
- 悩みを解消する
- 課題を解決する
- 協力や助力をする
- ともに悩み考える
といった意味合いが強いように感じます。
つまり『今ある困難を取り除くために、今どう動くか』といった所が主な目的になるかと思います。
一方で、認知症ケアの提供は何が違うかというと
・目の前で困っている認知症の方を笑顔にする(笑顔になってもらう)
という所までが目的になります。
認知症ケアは「安心」と「笑顔」をつくる関わり
つまり、今この瞬間に課題を解決することが目的ではなくなります。
認知症の方との関わりの中で「何度も同じ話をする」「怒りっぽくなる」などの姿に戸惑い、悩むこともあると思います。
しかし認知症の方にも「安心したい」「分かってほしい」という気持ちがあることは間違いありません。
ケアの本質は、その人に”安心”してもらい”笑顔”を引き出す関わりにある——そう私たちは考えています。
●「安心」と「笑顔」を支えるケアのポイント
そして笑顔を引き出すためには
- 安心を感じてもらえるような関わり
- 相手の感情に寄り添い共感する
- 日常の中での小さな喜びを見つける
といったことがとても重要なのです。
つまり認知症ケアとは、課題を取り除くだけでなく、その人の安心や笑顔につながる関わりを模索し続ける営みだと言えます。
認知症ケアにおける笑顔の効果と関わり方
認知症ケアで生まれる「笑顔の連鎖」
認知症ケアにおいて笑顔を引き出すことは、本人だけでなく周囲にも良い影響を与えます。
例えば、ご本人が安心した表情を浮かべれば、ご家族も「ほっとした」「よかった」と安心できます。介護職員にとっても「自分の関わりが伝わった」という実感になり、やりがいにつながります。
つまり、笑顔は本人だけでなく、家族・職員も笑顔にしていく「連鎖のきっかけ」になるのです。
●ご家族と職員で異なる「笑顔の意味」
ご家族にとっての笑顔は「以前のその人らしい姿に出会えた」という喜びに繋がります。
一方で介護職員にとっての笑顔は「専門的なケアの結果」というより「人と人との心の通じ合い」としての価値を感じる瞬間です。
立場は違っても、安心と笑顔がケアのゴールであることは共通しています。
笑顔を引き出すためのちょっとした工夫
笑顔を引き出すためにできることは、実はそれほど難しいものではありません。
- その人が好きだった歌を口ずさむ
- 季節の話題(桜・紅葉・お正月など)について一緒に話す
- 写真や思い出の品を一緒に眺める
- 「ありがとう」と感謝を言葉にする
こうした小さな関わりが、驚くほど大きな笑顔を生むことがあります。
認知症ケアは「生活を共にする姿勢」
認知症ケアは、医学的に症状を治すことはできません。
しかし「不安を和らげ、安心して過ごせる時間を増やす」ことなら、誰にでもできます。
その積み重ねが「この人と一緒にいると安心する」「この場所は心地よい」という感覚に繋がり、結果として症状の進行を緩やかにしたり、BPSD(行動・心理症状)の軽減にも繋がっていきます。
笑顔は最高の薬:ストレスを和らげ進行を遅らせる理由
認知症は進行性の疾患です。
現在の医学では、残念ながら進行を完全に止める事は出来ず、また進行によってダメージを受けた脳の機能を回復させることもできません。
そして、認知症を進行させる(脳にダメージを与える)大きな要因の1つが、ストレスです。
認知症ケアが「進行を緩やかにする」理由
認知症ケアとは『認知症の方の不安を和らげる』ための技術というだけではなく、『認知症の進行を緩やかにする』ために提供されるケアでもあります。
つまり認知症ケアとは、ストレスを和らげ、安心感を提供するための関わり、ということになります。
●安心のサインは“笑顔”にあらわれる
では『ストレスが和らぎ、安心を感じている』とは、一体どのような状態でしょうか。
それこそが『笑顔である』『笑っている』という状態です。
科学が証明する「笑顔の力」
実際、国内外の研究では「笑い」や「音楽活動」「レクリエーション」が、認知症の方のストレスを軽減し、生活の質(QOL)を高めることが報告されています。
例えば、国立長寿医療研究センターの調査では、笑いやユーモアを取り入れた介入が不安や抑うつの軽減に効果を示したとされています。
このように、笑顔は単なる気分の問題ではなく、科学的にもストレスを和らげる効果があるのです。
ケアが向かうべきゴール=笑顔
つまり、最もストレスから遠いであろう『笑う』という状態を目指す事、そして、そのための手法や関わりを確立していくことこそが、認知症ケアの根幹です。
だからこそ、私たち介護職の役割は“笑顔が生まれる関わり”を意図的に積み重ねていくことにあります。
●現場で見られる“笑顔が生まれる瞬間”
実際、認知症介護の現場では
不安そうな表情を浮かべるAさんに対して、スタッフがそっと手を握り「どうされましたか? 私がそばにいますよ」と伝えると、それだけでAさんは安心したように微笑みました。そしてAさんは、その日を穏やかに、笑顔で過ごすことができました。
というような事例が多くあります。
笑顔になっていただくことの重要性が、お分かりいただけるのではないでしょうか。
誰でもできる認知症ケア:笑顔を引き出すシンプルな関わり
ケアの原点は「助けたい」という気持ち
認知症ケアとは
・目の前で困っている人を助けたい
という気持ちから動き出し
・目の前の認知症の方を笑顔にしたい
という思いを持って、その方と向き合い、関わる。
ただこれだけの事で十分なのです。
●認知症ケアは難しいものではない
認知症ケアと聞くと『専門性が高そう』『高度な技術が必要なのでは』と感じる方も少なくないと思います。
ですが、たったこれだけを意識するだけで、誰でも認知症ケアは行えます。
認知症の方が抱えるストレスと孤独
認知症を患ってしまった方々は、日々大きなストレスにさらされています。同時に、笑顔になれる瞬間を待ち望んでいます。
ですが、自分の力だけではそれを叶える事が困難なのが、認知症なのです。
●小さな関わりが大きな安心を生む
横に座り、話を聞き、不安を吐き出して貰う。
たったそれだけでも気持ちが軽くなり、もしかしたら笑顔になってもらえるかも知れません。
認知症ケアの提供とは、そういった程度の関わりでも十分なのです。
●家族も職員も、目指すゴールは同じ
家で認知症の家族を見ている方にとっては「ただ横に座って話を聞く」だけでも、安心や笑顔を引き出す立派なケアになるでしょう。
一方で介護職員にとっては、日々の関わりの中で「どうすればその人が笑顔になれるか」を意識することが、ケアの専門性を深める第一歩です。
つまり、立場は違っても、目指すゴールは同じ——安心と笑顔です。
笑顔を引き出すために意識したいこと
まずは、日々の会話の中で相手の表情や反応を注意深く受け取り、笑顔を引き出すような言葉かけを意識してみてはどうでしょうか。
認知症ケアとは、特別な資格や難しい技術がなくても「安心を与え、笑顔を引き出す」ことから始められます。
私たちにできる最もシンプルで、そして最も大切なケア——それが「笑顔をともに生み出すこと」なのです。
補足:笑顔が出にくい方にも届く“安心”というケア
認知症の方の中には、もともと表情が控えめな性格の方や、脳の変化により笑顔が表れにくくなる方もおられます。
特に、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症などでは、表情筋の動きが乏しくなる・感情表出が減る といった特徴が現れることがあります。
そのため、
「笑顔が出ない=安心していない」「ケアがうまくいっていない」
というわけではありません。
安心は、笑顔以外にも
- 呼吸が落ち着く
- 声のトーンが柔らかくなる
- 眉間の緊張がゆるむ
- 拒否が和らぐ
- 手が温かくなる
など、さまざまな形で表れます。
笑顔だけが安心の証ではない
私たちケアに関わる者が
“その人なりの笑顔(=安心の表れ)” を大切にしようとする姿勢
は、認知症ケアの根幹であり続けます。
なぜなら、笑顔そのものよりも、
笑顔が生まれるまでの「安心を育てるプロセス」こそがケアの本質
だからです。
どんな表情の方であっても、
その方にとっての “安心” を見つけ、積み重ねていく。
それが笑顔につながる場合もあれば、穏やかな沈黙や落ち着きとして表れる場合もあります。
大切なのは、形ではなく 「安心が届いているか」 という視点です。
安心への一歩が、やがて笑顔につながる
認知症ケアは、表情を変えることではなく、心がほどける“瞬間”を育てる営みです。
私たちの関わりは、小さくても確かに、その人の安心と尊厳を支える力になります。
だからこそ、まずはその人が安心できる関わりを丁寧に重ねていくことが大切で、そこから自然に生まれる笑顔があれば、それは何より素敵なことなのです。
【補足】本記事の参考文献・出典
- Low LF, et al.(2013). The Sydney Multisite Intervention of LaughterBosses and ElderClowns (SMILE): A Randomized Controlled Trial. Journal of the American Medical Directors Association.
— ユーモア介入(ElderClown)によって、不安・抑うつ・BPSDが軽減し、QOLが改善したことを示したランダム化比較試験。 - Takeda M, et al.(2010). Laughter and Increased Natural Killer Cell Activity. Journal of Psychosomatic Research.
— 漫才や落語など「笑い」を用いたプログラムで、ストレスホルモンの低下・免疫活性の向上・気分改善が認められた国内研究。 - Kawashima R, et al.(2015). Combined cognitive-physical leisure activities and emotional improvement in dementia.(国立長寿医療研究センター報告)
— 音楽・会話・ユーモアを含むレクリエーション活動が、不安・抑うつの軽減、生活の質向上に寄与したことを示す国立長寿医療研究センターの研究。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
関連記事


コメント