「帰りたい」の奥にある、心の声
「帰宅願望がある方です」――介護の現場では、よく聞く言葉ではないでしょうか。
夕方になると「家に帰らなきゃ」「子どもが待ってるの」と、そわそわし始める。
中には、玄関に向かって歩き出したり、外に出ようとされる方もいて、職員としては対応に困ったり、食事の準備の手が止まったり――時には、鍵をかけることもあるかもしれません。
でも、ちょっと立ち止まってみませんか。
その「帰りたい」という言葉、ほんとうに“症状”でしょうか?
帰りたいと思うのは、ごく自然なこと
私たちも仕事が終われば「早く帰りたいな」と思うのではないでしょうか。
疲れているとき、落ち着かないとき、何か不安を感じているとき――
「家に帰れば、きっと安心できる」と、自然に思います。
それを誰も“帰宅願望”とは言いません。
それは、私たちにとって家が“帰る場所”であり“自分らしくいられる場所”だからです。
認知症の方が「帰りたい」と言われるとき――
それは、まさに私たちと同じように「安心したい」「落ち着きたい」「自分の居場所に戻りたい」という、ごく人間らしい気持ちなのではないでしょうか。
本人が帰りたいのは“家”そのものではないかもしれません
「家に帰りたい」という言葉の奥には、かつての生活のリズムや誰かとのぬくもり、やさしく流れていた日々の記憶を求めているのかもしれません。
たとえば、毎日ごはんを作って、家族を迎えていたあの頃。
母と暮らしていた、子ども時代の安心感。
誰かがそばにいて、自分の役割があった、あの時間。
愛する家族と一緒に、一番自分らしく過ごせた場所。
そういった「安心できていた日常」こそが、その方にとっての“家”なのだと思います。
認知症のある方は、今の時間や場所を正しく認識するのが難しいことがあります。
でも「安心できる場所を探す気持ち」は、ちゃんと今ここに生きているのです。
「帰りたい」の気持ちに、どう寄り添えばいい?
「今は夕方ですから、もうお家には誰もいませんよ」
「ここがあなたの家ですよ」――
そうやって現実を伝えたくなることもあると思います。
けれど、そんな言葉がかえって不安を大きくしてしまうことも少なくありません。
だから、まずは受け止めてみませんか?
「そうですよね。ご家族のことが心配なんですね」
「どんなお家でしたか?」
「何かご用事があったんですか?」
そう問いかけながら、心の奥の安心したい気持ちに寄り添うこと。
それだけで、表情がふっとやわらいでくることがあります。
また、今ここが“安心できる場所”になるような関わりも大切です。
照明や家具、音楽や香り、食事の雰囲気――
そんな小さな工夫が「ここでも大丈夫」と感じてもらえる環境を作ってくれます。
「帰宅願望」と見るのではなく「安心したい心の声」として聴いていくと、
私たちの関わり方は、やさしく変わっていくのです。
言葉を変えると、見える世界も変わる
「帰宅願望」という言葉には、どこか「困った行動」「抑えるべきもの」といった響きがあります。
けれど、その人が本当に求めているのは、制止されることではなく「分かってもらえること」ではないでしょうか。
「帰りたい」には「ここでは落ち着かない」「どこかに、自分が安心できる場所があるはず」という、自分の居場所を探す、切実な感情が込められています。
たとえ今がどんな状態であっても、人は「自分の居場所」を求めます。
それは、認知症であっても変わらない――いや、変わらないからこそ、その思いが言葉になって現れるのです。
家族の方へ 〜「帰りたい」と言われたとき、どう受け止めるか〜
家で認知症の親を介護している時に「家に帰りたい」と繰り返されると、ご家族もつらく感じるかもしれません。
「私のことを忘れてしまったの?」「ここが家なのに、なぜ?」と、戸惑いと悲しみが混じることもあるでしょう。
ですがその「帰りたい」は、決して“あなたのもとを離れたい”という意味ではありません。
むしろ、心のどこかで「安心できる繋がりを、もう一度感じたい」という思いの表れであると言った方が良いかもしれません。
どうか、ご自分を責めないでください。
そして、本人の“安心したい気持ち”を一緒に感じてあげてください。
そっと手を握り「ここにいるよ」「大丈夫だよ」と伝えるだけで、その人の心は、少しずつ落ち着いていくことがあります。
気持ちはきっと、伝わります。
おわりに
「帰りたい」という言葉の裏には、「今ここが安心できない」という心の動きがあります。
それは誰もが持つ、ごく自然な感情です。
「帰宅願望」という支援者にとっての困りごとではなく「安心を求める心の声」という本人にとっての困りごととして捉えてみる。
そうすることで、本人も、そして支える私たちも、少しだけやさしい関係になれるような気がするのです。
わたしたちは、だれもが“帰る場所”を探しています。
その気持ちに、そっと寄り添える介護でありたい――
「帰りたいね」と言われたとき、心を通わせられるようなひとときをていねいに積み重ねていけば、きっと、本人も支援者も、お互いが安心できる”家”に近づいていける――私は、そう思います。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさんを発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
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