※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症と向き合う中で生じる、本人と家族のすれ違いや関係の難しさは、愛情や努力が足りないから起きるものではありません。
それは、同じ場所にいながら見えている世界が違ってしまうことから生まれる自然な出来事です。
この記事では、否定しない伝え方や「やってあげる」から「一緒にやる」関わりへの視点の転換を通して、
本人と家族が同じチームとして歩み続けるための考え方をお伝えします。
【要点】
- 本人と家族は、同じ景色を見ていない
認知症の本人と家族は、同じ出来事でも異なる現実を生きています。
行動の背景には本人なりの「事実」があり、それを理解しようとする姿勢が関係の土台になります。 - 否定しない伝え方と「一緒にやる」関わりが、心の距離を縮める
正しさを伝えるよりも、まず気持ちを受け止めることが大切です。
「やってあげる」ではなく「一緒にやる」関わりが、本人の力と家族としての関係を守ります。 - 完璧を目指さず、家族が余裕を持つことが関係を続ける力になる
無理をせず、休み、頼り、手を抜くことは逃げではありません。
家族の心の余裕が、本人の安心と穏やかな関係につながります。
【この記事で分かること】
・本人と家族のすれ違いが起きる理由
・心の距離を縮める具体的な声かけ・関わり方
・「一緒にやる」介護が持つ意味
・家族が弱さを出していい理由
・完璧を目指さなくても、関係は続けられるという考え方
家族としての関わり方に迷った時「どう正しく対応するか」ではなく「どう関係を保つか」を考えるためのヒントになる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
認知症と向き合う旅は、本人だけのものではありません。
家族もまた、戸惑い、迷い、傷つきながら歩く「心の旅」をしています。
しかし互いの気持ちがすれ違うと、同じ家に暮らしていても、心は遠ざかってしまうことがあります。
本記事では、本人と家族が“共に歩む”ために必要な視点や関わり方、心の距離を近づけるヒントを、現場と家族支援の両方の視点からお伝えします。
本人と家族は「同じ景色を見ていない」ことを知る
認知症とともに生きる本人と、介護する家族は、同じ場所にいても、見えている世界が大きく違います。
- 本人は「できているつもり」「まだまだ大丈夫」と感じている
- 家族は「明らかに変わってきている」「先が心配」と感じている
- 本人は不安を隠し“平気な顔”をしている
- 家族は“冷静に見える本人”に焦りを感じる
このような「見えている景色の違い」を理解できると、関わりのトーンは大きく変わります。
本人の世界には“本人なりの理由”がある
例えば、
冷蔵庫に同じ食材があるのに、また買ってしまう
→ 本人にとっては「まだ買っていなかった」という、確かな理由がある
薬を飲み忘れる
→ 「さっき飲んだ気がする」という“感覚”が、本人にとっての事実
家族が困る行動にも、必ず本人の中に“その出来事が事実である世界”が存在しているのです。
相手にとって「何が事実なのか」を想像することが、心の距離を縮める第一歩です。
否定しない伝え方:言い方が変わるだけで関係が変わる
認知症の人にとって「否定される」「叱られる」ことは深いストレスになり、そのストレスが認知症を進行させてしまいます。
しかし、家族も余裕がなくなると、つい強い言葉になってしまいがちです。
つい言ってしまいがちな言葉
- 「なんで分からないの?」
- 「さっき言ったでしょ!」
- 「違うよ、あなたの勘違い」
“寄り添う言い方”に変えてみる
- 「一緒に確認しようか?」
- 「心配だったんだね、ありがとう」
- 「どう思ったのか聞かせてくれる?」
否定の代わりに“本人の気持ち”を拾う言葉を添えるだけで、本人は安心し、家族のストレスも軽くなります。
「やってあげる」ではなく「一緒にやる」関わりへ
介護が長くなるほど「全部やってあげた方が早い」という場面が増えます。
しかし、すべてを奪われると本人は「何もできない人」にされてしまうばかりか『もう自分には何も出来ない』『迷惑ばかりかけてしまっている』と、自己効力感が下がります。
本人の力を奪わない“共同行為”のすすめ
- 洗濯物を一緒に畳む
- 買い物のメモを見てもらう
- テーブル拭きなど短時間の家事をお願いする
- 好きな料理の「盛り付け」だけを手伝ってもらう
「一緒にやる」ことで
- 本人:役割を持てて誇らしい
- 家族:介護を通じた関係ではなく、家族としての関係性を思い出せる
などのメリットが生まれます。
家族の“伝えたいこと”は、順番とタイミングが9割
家族は、認知症となった家族に対して、強い思いがある時ほど「ちゃんと伝えたい」と思います。
しかし、タイミングを間違えると、本人には責められているように響いてしまうことがあります。
タイミングの工夫
- 本人が何かに集中している時は避ける
- 本人が落ち着いているタイミングを選ぶ
- 自分が疲れている夕方より、比較的余裕がある午前中に
- 感情的になりそうな時は、一度距離を置く
伝える順番
- まず気持ちを伝える
- 「心配だから話してもいい?」
- 本人の言い分を聞く
- 「どう感じている?」
- “責めずに”事実を伝える
- 「こういうことが最近増えてきたね」
- 具体的な提案
- 「一緒にこうしてみない?」
- 最後に温かい一言
- 「いつもありがとう。これからも一緒に考えていこう」
この順番は、家族支援の現場でも非常に効果が高いアプローチです。
「距離を縮める」には、言葉より“空気”を整える
認知症の方は、言葉を受け取る力は弱くなっていても、その場に流れる「雰囲気」や、相手の「表情」を、とても敏感に受け取ります。
心の距離が縮まる場面
- 穏やかな声で呼ばれた時
- 笑顔で話しかけてもらえた時
- ゆっくりした動きで近づいてくれた時
- 優しく手を添えられた時
- 一緒に座って同じ方向を見た時
逆に距離が離れる場面
- 早口で説明される
- 動作が早く、慌ただしい
- 家族が険しい表情をしている
- 「また間違えたの?」という空気が出る
もちろん、全てが完璧である必要はありません。
ただ、落ち着いて話す数秒の余裕が持てるだけで、本人の安心感は驚くほど変わります。
本人も家族も“弱さ”を出していい
認知症の人は、どれほど症状が進んでも「人とのつながり」を求めています。
しかし、家族の気持ちが限界に近い時ほど、双方には距離が生まれやすくなってしまいます。
家族も弱さを出していい理由
- 介護は1人で背負えるものではない
- 「つらい」「しんどい」と口にすることは必要なこと
- 弱さを共有した方が、むしろ本人との関係が柔らかくなる
本人の“弱さ”を支えるとは
本人が
- 「忘れてばかりで嫌になる」
- 「迷惑ばかりかけてるね…」
- 「もう自信がない」
と漏らした時こそ、関係を深める大事な場面です。
返す言葉はシンプルで十分です。
- 「そんなことないよ」
- 「できているところもいっぱいあるよ」
- 「大丈夫、一緒に考えるから」
互いの弱さを共有した関係は、時間が経つほど結びつきが強固になっていくでしょう。
“共に歩む”関係に必要なのは、完璧さではなく少しだけの余裕
最後に、本人と家族が一緒に歩くために最も大切なことを、一つだけ。
それは――家族が自分の心に少しだけ余裕を持てるようにすること。
- 休む
- 頼る
- サービスを使う
- 愚痴をこぼす
- 手を抜く
これらは「逃げ」ではなく、家族が本人と優しい関係を続けるための“技術”です。
家族の心が摩耗してしまえば、いくら正しい知識があっても関わり方はぎこちなくなります。
逆に、少し余裕があるだけで、優しい声かけや笑顔が自然に出て、本人の安心感は驚くほど高まります。
まとめ:本人と家族は“同じチーム”である
認知症は、本人だけでなく家族をも巻き込む「人生の大きな変化」です。
しかし、
- 見えている景色の違いを知る
- 否定しない伝え方を意識する
- 一緒にやる関わりを大切にする
- 弱さを共有する
ことで、本人と家族は確実に“チーム”になっていきます。
ゆっくりで構いません。
完璧である必要もありません。
今日より明日、少しだけ心の距離が近づく。
その積み重ねこそが、認知症と向き合う旅を“共に歩む”力になります。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
参考記事
- 【全5回】第1回:認知症介護で感じる「感情の限界」 ~負の感情は、誠実に向き合っている証拠~
- 【全5回】第2回:在宅介護で削られていく『自分らしさ』 〜自分自身のケアが、一番の支援〜
- 【全5回】第3回:認知症介護で揺らぐ人間関係 ~苦しさは一人で抱えなくていい~
- 【全5回】第4回:家族介護が直面する現実と制度 ~気持ちを軽くする「選択肢」として~
- 【全5回】第5回:未来への不安と選択で揺れる介護 ~あなたのための選択は、きっと正しい~
- 【全5回】補足:力を合わせて支える『在宅介護』 〜支えるために、支えられる〜
- 【全4回】第1回:認知症の診断を受けて、揺れ動く心 ~本人の気持ちに寄り添う~
- 【全4回】第2回:認知症の診断を受けて、揺れ動く心 ~家族の気持ちに寄り添う~


コメント