※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症と診断を受けた本人が見せる怒りや拒否、戸惑いは、わがままや性格の問題ではなく、変わっていく自分と向き合う過程で生じる自然な心の反応です。
この記事では、ショック・否認・怒りの先にある「喪失の自覚」と「希望の模索」という見落とされやすい心の段階に焦点を当て、本人の尊厳を守りながら伴走するために欠かせない視点を解説します。
【要点】
- 認知症の本人が辿る『心の変化の全体像』がわかる
ショック・否認・怒りから受容に至るまでの心理的プロセスを、本人視点で整理し、行きつ戻りつする心の動きを理解できます。 - 「怒りと受容のあいだ」にある重要な二つの段階が分かる
見落とされがちな「喪失の自覚・悲嘆」と「交渉・希望の模索」という心の段階に光を当て、その意味と背景を読み解きます。 - 尊厳を守るために必要な関わり方の視点が分かる
励ましすぎない、先回りしすぎないといった関わりの注意点を通して、管理ではなく“伴走する介護”へと視点を切り替えるヒントを得られます。
【この記事で分かること】
・認知症と診断された本人がたどる、ショックから受容までの心理的な流れ
・怒りや拒否の裏にある「喪失の自覚」と「希望の模索」という重要な心の段階
・本人の言動を“問題”ではなく“心の反応”として捉える視点
・励ましすぎず、先回りしすぎないために大切な関わり方の考え方
・尊厳を守りながら、本人と「伴走する介護」へと視点を切り替えるヒント
家族介護・介護職のどちらにも役立つ「本人の心を理解する視点」と、尊厳を守る関わり方のヒントが得られる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
認知症と診断を受けた瞬間、本人の心の中では何が起こっているのでしょうか。
周囲は「これからどう支えていくか」を考え始めます。
ですが、その瞬間から最も大きな変化の渦中にいるのは、間違いなく診断を受けた“本人”なのです。
認知症は、単に「できないことが増える病気」ではありません。
それは『変わっていく自分自身と向き合い続ける人生』の始まりでもあります。
● 認知症の本人がたどる「心の過程」
ここでは、認知症と診断を受けた本人がたどりやすい心理的プロセスを、介護・支援の現場感覚を踏まえながら整理していきます。
そして、特に見落とされやすい「怒りと受容のあいだ」にある重要な二つの段階にも、焦点を当てて考えていきます。
認知症は「病気としての経過」だけでなく“心の経過”を理解することで、本人の尊厳を守るケアが見えてくる——
その視点を大切にして、今回はお伝えしていこうと思います。
第1の段階:ショック(Shock)
“まさか自分が?”と凍りつく心
診断時、多くの人が言葉を失います。
それは「現実を理解できない」のではなく、むしろ反対で、理解してしまったからこそ、心が止まるという状態です。
本人が感じやすい思い
- 動揺、混乱――どうして私が
- これからどうなるのか
- 仕事や役割はどうなってしまうのだろう
- 家族に迷惑をかけてしまうのではないか
こうした問いが一気に押し寄せ、思考も感情も追いつかなくなります。
診断後の沈黙は、決して「分かっていない」からではありません。
頭の中では様々な思いが目まぐるしく渦巻き、まとまり切らず、時に何に困っているのかもわからず、ただただ不安だけが大きくなっていく――
認知症初期の方ほど、自分の変化を最も早く察知しています。
周囲にできる支え
- 追い詰める質問をしない
- 「一緒に考えよう」という姿勢を見せる
- 感情の揺れを否定しない
- 医師・専門職の説明をその場で噛み砕いて伝える
“ショックを受ける権利”を尊重することが第一歩です。
第2の段階:否認(Denial)
「まだ大丈夫」「私は普通だ」
ショックの後には、多くの人が否認を通ります。
これは悪いことではなく、心を守るための自然なプロセスです。
本人のよくある反応
- 診断結果を軽く扱う
- 物忘れを年齢のせいにする
- 「自分はまだできる」と強く主張する
- 家族の助言に反発する
- 援助を拒む
ここには“役割を奪われたくない” “家族の足手まといになりたくない”という強い願いが隠れていることが多いです。
これは現実逃避ではなく、心を守るための自然な防衛反応です。
否認の奥には、
「役割を失いたくない」
「自分であり続けたい」
という切実な願いがあります。
この段階で、できることまで奪われてしまうと、本人は“自分が壊れていく感覚”を強めてしまいます。
周囲にできる支え
否認を無理に正す必要はありません。
否認は、本人が「現実を受け止める準備期間」だからです。
- できることは任せる
- 間違いを責めず、そっとフォロー
- 「あなたの大切な役割は残っている」と伝える
- 成功体験を意識的に積み上げる
“できること”を奪わず“できない部分”だけにそっと手を添える姿勢が、次の段階への橋渡しになります。
第3の段階:怒り・葛藤(Anger)
誰に向けていいか分からない苦しさ
否認が続くと、次に現れやすいのが怒りです。
しかしこの怒りは、家族を嫌いだから起こるのではありません。
根底にあるのは「できなくなっていく自分」への悲しみなのです。
よくある言動
- 「うるさい!」「私は間違えてない!」
- 些細なことで感情的になる
- 介助やアドバイスを拒む
- 同じ質問を繰り返し、家族が疲弊する
この怒りは、誰かを傷つけたいからではありません。
失っていく自分への恐怖と悔しさが、行き場を失って表に出ているのです。
周囲にできる支え
- 感情の揺れを「攻撃」ではなく「SOS」と捉える
- 反論しない(反論は火に油)
- 気持ちを言語化して代弁する
例:「不安だったんですね」「悔しい気持ちがあったんですね」 - 感情が落ち着いたタイミングで短い説明を行う
“怒りの裏にある感情”を見つけて寄り添うことが、本人の安全感を大きく支えます。
ここまでが、比較的よく知られているプロセスです。
しかし、認知症の本人にとって本当に重要なのは、この「怒り」のあとに続く道のりです。
第4の段階:喪失の自覚・悲嘆
怒りが続いたあと、本人はふっと静かになることがあります。
反発も減り、一見すると落ち着いたように見えるかもしれません。
しかし実際には、深い悲しみの段階に入っています。
本人の内側で起きていること
- もう元には戻らないのかもしれない
- 前と同じ自分ではない
- これから先も、失っていくものがある
これは「自分自身の喪失」をはっきり自覚した段階です。
表に出やすい姿
- 口数が減る
- 意欲が落ちる
- 「どうせ」「もういい」という言葉
- 感情が乏しく見える
この状態は、病的なうつではなく、人が大切なものを失ったときに起こる正常な悲嘆反応です。
第5の段階:交渉・希望の模索
悲しみの中に留まり続けることはできません。
やがて本人の中に、小さな問いが生まれます。
- 全部がダメになったわけではないのでは
- 工夫すれば続けられることがあるかもしれない
- この形なら生きていけるかもしれない
これが『交渉・希望の模索の段階』です。
よく見られる行動
- メモや手順へのこだわり
- 「ここまでは自分でやる」という主張
- 支援を部分的に受け入れる
- 生活の中に安全地帯を作ろうとする
これは頑固さではありません。
「この状態の自分で生きる方法」を探す試行錯誤です。
この段階は、受容へ向かうための“橋”のような位置づけになります。
なぜ、この2つの段階がとても大切なのか
認知症は「死」ではなく「変化」だから
認知症は、生きながらにして自分が変わっていく病気です。
怒りのあとに
- 深く悲しみ
- それでも希望を探す
この過程を経ることなく、人は「受け入れる」ことはできません。
『喪失の自覚・悲嘆』と『交渉・希望の模索』は、生き続けるために必要な心の作業なのです。
この時期の関わりが、その後を大きく左右するから
この段階で、
- 否定される
- 励まされすぎる
- 先回りされすぎる
と、本人は「もう自分では何もできない」という感覚を学んでしまいます。
一方で、
- 工夫を一緒に考えてもらえる
- 部分的な自立を認めてもらえる
- 失敗しても尊厳を守ってもらえる
と「この状態でも選べる生き方がある」という感覚が育ちます。
これが、本当の意味での受容につながっていきます。
第6の段階:受容(Acceptance)
“できないことは増える。でも、生きていける”
怒りの波が落ち着くと、少しずつ受容が育ち始めます。
受容とは「諦め」ではなく“今の自分を受け入れ、工夫して生きていく段階”です。
- できないことは増えた
- それでも生きていける
- 助けを借りながら続けられる
そうした現実との折り合いです。
受容は一直線ではなく、また怒りや悲しみに戻ることもあります。
それでも、本人は少しずつ「今の自分」で生きる感覚を育てていきます。
本人に起こりやすい変化
- 不安を率直に言えるようになる
- 手助けを素直に受け入れられる
- 自分のペースで生活できると落ち着く
- 「できないこと」より「できること」への意識が増える
周囲にできる支え
- 本人のペースを尊重する
- できる役割(洗濯物たたみ・植物の水やりなど)を一緒に見つける
- 成功体験を言葉で強化する
- “感情の揺れと付き合い続ける”覚悟を共有する
受容は一度到達したら、そこで終わりではありません。
ショック→否認→怒り→受容を、行ったり来たりしながら進むという特徴があります。
そのため、周囲の支えも変化に合わせて柔軟である必要があります。
介護・支援としての超重要ポイント
怒りのあとに「励まさない」
「大丈夫」「前向きに」ではなく、
まずは「つらいですよね」と、喪失を一緒に認める。
交渉・希望の模索には付き合う
遠回りでも、本人が納得する形を尊重する。
効率より尊厳を優先する。
認知症の本人が抱える“3つの深い恐れ”
心理段階とは別に、認知症の本人がほぼ共通して抱える恐れがあります。
- 自分が自分でなくなることへの恐怖
- 家族に迷惑をかける罪悪感
- 未来(進行)に対する漠然とした不安
これらは「症状」ではなく、人として自然な感情です。
周囲が急に優しくしすぎたり、過保護になると、逆に本人は「自分が患者になった」と自覚してしまい、無力感を強めてしまうことがあります。
だからこそ“できることは任せ、できない部分だけを支える”という介護の基本的な姿勢が、本人の尊厳を守り、心の安定を取り戻すことにつながるのです。
本人が生きやすくなるために
“寄り添い”の本質
認知症の方は、能力が下がるから苦しいのではありません。
自分が変わっていくことに向き合わざるを得ない孤独が、苦しみを生みます。
だからこそ大切なのは、孤独を一緒に抱える姿勢です。
寄り添いのポイント
- 「間違っても大丈夫」と伝える
- 本人の選択を尊重する
- 時には甘えを受け止める
- 本人の“誇り”を守る言葉がけを意識する
- できる役割を奪わない
- 本人の人生史(ライフレビュー)に耳を傾ける
認知症介護とは、できないことを補うだけでなく“その人らしさ”を守り続ける営みでもあります。
最後に:認知症の本人の旅は“一緒に歩く”ことで軽くなる
認知症を告げられた本人は、
ショックを受け、否認し、怒り、揺れ、
それでも少しずつ受け入れていく。
この過程は、決して一直線ではありません。
行きつ戻りつしながら、本人は懸命に、自分という存在を保ち続けようとしています。
その旅路に家族や支援者が寄り添うことで、本人は「私は一人じゃない」と感じることができます。
そしてそれこそが、認知症介護における最大の支えなのです。
認知症となった本人は、怒りのあとに、徐々に失われていく自分を自覚し、深い悲しみに囚われてしまうことも少なくありません。
それでも「この状態で生きる方法を探す」と、歩み始めます。
受容とは「諦めること」ではない
受容とは、諦めではありません。
希望を探し続けた先に、静かに育っていくもの――そう、思うのです。
そして、この心の旅を理解することは、
認知症介護を“管理”ではなく“伴走”に変える視点になっていくことでしょう。
もし今、本人の言動に振り回されて苦しいと感じているなら——
その裏にある「喪失」と「希望」を、ほんの少しだけ想像してみてください。
そこから、関わり方はきっと変わっていくのではないでしょうか。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
参考記事
- 【全5回】第1回:認知症介護で感じる「感情の限界」 ~負の感情は、誠実に向き合っている証拠~
- 【全5回】第2回:在宅介護で削られていく『自分らしさ』 〜自分自身のケアが、一番の支援〜
- 【全5回】第3回:認知症介護で揺らぐ人間関係 ~苦しさは一人で抱えなくていい~
- 【全5回】第4回:家族介護が直面する現実と制度 ~気持ちを軽くする「選択肢」として~
- 【全5回】第5回:未来への不安と選択で揺れる介護 ~あなたのための選択は、きっと正しい~
- 【全5回】補足:力を合わせて支える『在宅介護』 〜支えるために、支えられる〜
- 「普通はこうでしょ?」がケアを縛るとき 〜その人にとっての当たり前とは〜
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