※この記事は、認知症グループホームで10年以上勤務し、現在は管理者として働く筆者が執筆しています。
ご本人・ご家族・介護職員、それぞれの立場をふまえたケアの視点をお届けします。
【この記事で伝えたいこと】
認知症と向き合う中で家族が感じる、否認や罪悪感、怒り、喪失感、揺れ動く気持ちは、弱さではなく、大切な人を思うからこそ生まれる自然な感情です。
この記事では、家族がたどりやすい心のプロセスを言葉にしながら「自分だけではない」と気づき、感情を否定せずに少し楽になる視点と、家族自身も支えられるべき存在であることを伝えます。
【要点】
- 家族が感じる揺れ動く感情は、すべて自然な反応である
否認、罪悪感、怒り、喪失感など、認知症と向き合う中で生まれる感情は、弱さや未熟さではなく、大切な人を思い誠実に向き合っている証です。 - 家族の心のプロセスは一直線ではなく、何度も行き来するものである
「受け入れたと思っても揺れ戻る」ことは正常であり、後退ではありません。揺れること自体が、関係を大切にしている証拠です。 - 家族もまた支えられるべき存在であり、頼ることは必要な選択である
完璧に支えようとする必要はなく、専門職や制度を利用することは逃げではありません。家族や自分自身が守られることが、介護を続けるために最も大切です。
【この記事で分かること】
・認知症の家族が感じやすい感情には一定の流れがあること
・揺れ戻りや迷いは「正常な反応」であること
・完璧に支えようとしなくてもいいという考え方
・支援や制度を頼ることは、逃げではなく、自分や家族を守る選択であること
家族としての関わり方に迷った時、気持ちを整理するヒントになる内容です。
※詳しい説明・根拠・事例は、このあと本文でやさしく解説します。
認知症の診断は、本人だけでなく、家族にとっても人生の転機になります。
「まさかうちが…」「どこに助けを求めればいいのか」「この先どうなるんだろう」
そんな不安や混乱は、決してあなた一人だけのものではありません。
家族が抱える感情の揺れには“典型的なプロセス”があります。
これは心理学でいう「グリーフ(喪失)プロセス」に近く、がん告知の際にもみられる反応ですが、認知症の場合は“終わりが見えない喪失”であり、長く複雑になりがちです。
第2回では、家族がどのように「認知症と向き合う心の旅」を歩むのか、その揺れる気持ちに寄り添いながら解説します。
最初に訪れる“違和感”と否認
「まだ大丈夫」「歳のせいだと思いたい」
もの忘れや混乱が増え、ケアマネや医師から「認知症かもしれません」と言われた瞬間、多くの家族はこう感じるでしょう。
- そんなはずはない
- まだそんな年齢じゃない
- 認めたくない
この“否認”は悪いことではなく、心を守る自然な防衛反応です。
人は突然すべてを受け止められません。
「ゆっくり現実に近づく時間」こそが必要なのです。
しかし、この段階は家族間の衝突を生みやすく、
- 兄弟の間で認識がズレる
- 「早めに病院へ」と言う人と「まだ早い」「大げさだ」と思う人が分かれる
- 受診が後回しになる
など、地域や専門職から見ると“家族が動かない時期”に見えることもあります。
でも本当は、動かないのではなく、動けないのです。
それは無関心なのではなく、現実を受け止めるには、まだ心が追いついていないだけなのかもしれません。
診断後に押し寄せる“罪悪感”と“自責”
「もっと早く気づいていれば」「私のせいでは?」
診断を受けた後、多くの家族が深く胸にしまう感情があります。
それが 罪悪感 と 自責 です。
- もっと優しくしてあげればよかった
- 早く受診させるべきだった
- 介護が嫌だと思ってしまう自分が情けない
- イライラして怒ってしまう
これらの感情は、どの家族にも起こる“当たり前”の反応です。
しかし家族は「弱音を吐けない」傾向が強いため、問題は次第に…
- 孤独感
- 自己否定
- 眠れない
- 過剰な頑張り
として積み重なり、心が摩耗していきます。
専門職として現場を見ていても「家族だけ――特に誰か一人だけが、責任を抱え込んで苦しくなっていく」ケースは珍しくありません。
ここで必要なのは “あなたは悪くない”と言ってくれる誰かの存在です。
家族ほど、自分を責めやすく、そしてその苦しさを外に出しにくいものです。
怒り・葛藤の段階
「なんで私ばっかり」「どうして家族なのにわかってくれないの」
罪悪感の裏側には、しばしば 怒り が潜んでいます。
- 介護を手伝ってくれない兄弟への怒り
- 家族に当たってしまう自分への怒り
- 病気に対する割り切れない怒り
- 社会の支援の少なさへの怒り
認知症の介護は、正解がないまま続く長期戦です。
だからこそ、怒りがたまるのは当然のこと。
この段階の家族はよくこう言います。
「誰にもわかってもらえない」
「私だけが背負っている」
ここで重要なのは、怒りは“悪い感情ではなく、助けを求めるサイン”であること。
怒りが出るということは、あなたがそれだけ頑張ってきた証拠です。
怒りの奥には「本当は助けてほしい」「もう少し楽になりたい」という気持ちが隠れていることも少なくありません。
あきらめ・喪失感と向き合う
「昔の母じゃなくなった」「親子関係が変わってしまった」
認知症が進行すると、家族は 失われていく関係性 と向き合わざるをえません。
- 昔のように会話ができない
- 人柄が変わってしまったように感じる
- 親子の役割が逆転する
- 家族の思い出が共有できない
これは“ゆっくりと続く喪失”であり、とてもつらい現実です。
一度に失うのではなく、少しずつ失っていくからこそ、気づかないうちに心が疲れてしまうのです。
しかし、ここで生まれるのが 本当の意味での理解と適応 です。
変わってしまったからこそ、見えてくるもの
家族は次第に気づき始めます。
- 完璧に支える必要はない
- できることとできないことがある
- 専門職の力を借りてもいい
- 感情の波は「病気のせい」
- 今できる関わり方を大切にしよう
この段階になると、介護サービスの利用や、外部に頼ることへの抵抗が減り、家族は少しずつ“伴走者”としての落ち着きを取り戻します。
家族がたどるプロセスは“行き来する”ものである
認知症の家族がたどる心の旅は、直線的ではありません。
- 前向きになれたと思ったらまた落ち込む
- 受け入れたはずなのに、ふと涙が出る
- もう大丈夫と思っても怒りがぶり返す
これは 正常な反応 です。
前に進めていないのではなく、揺れながら適応しようとしている途中なのです。
介護は日々状況が変わり、本人の状態も波があります。
そのたびに家族の心も揺れるのです。
大切なのは、
「戻ってしまった」のではなく「揺れている」のだと理解すること。
揺れるのは弱さではなく、大切に思っているからこそです。
家族に必要なのは“理解者”と“言葉にできる場所”
家族が最も苦しむのは「気持ちを吐き出す場所がない」ことではないでしょうか。
- 本音を言ったら“逃げている”と見られそう
- 親を悪く言うようで罪悪感がある
- 周囲が理解してくれない
- 支援を受けることに抵抗がある
このため、限界まで頑張り続けてしまい、心のエネルギーが枯れていきます。
必要なのは、専門家や身近な人からの次のような言葉です。
- 「その気持ちは自然なことですよ」
- 「あなた一人の責任じゃありません」
- 「無理なときは無理と言っていいんです」
- 「支援を使うのは“弱さ”ではなく、家族を守る選択です」
家族は、誰よりも本人のことを思っています。
だからこそ心が揺れるのです。
その思いを受け止めてくれる場所が、何よりの支えになります。
“家族もまた、支えられるべき存在”
認知症介護だけではありませんが、介護で最も誤解されているのは
「家族は頑張って当たり前」
という考えではないでしょうか
しかし、家族だからこそ限界があります。
家族だからこそ傷つきやすいのです。
そして家族だからこそ、支援なしには続けられません。
- デイサービス
- ショートステイ
- 訪問介護
- ケアマネの支援
- 家族会
- 専門職への相談
これらは「逃げ」でも「手抜き」でもなく、家族を守るために“必要な選択肢” です。
あなたが倒れたら、本人も支えられなくなります。
“家族自身が守られること”
それが、認知症介護を長く続ける最も大切なポイントです。
家族が守られてこそ、本人との関係も守り続けることができます。
おわりに──家族が涙を流すのは弱さではなく、愛情の証
家族がたどる心の旅には、
不安・怒り・罪悪感・葛藤・喪失・受容……
さまざまな感情が入り混じります。
でもそれはすべて、
大切な人を思う気持ちの裏返し
ずっと一緒に歩んできた歴史の深さ
家族であることの証
なのです。
泣いても、怒っても、弱音を吐いてもいい。
そうやって揺れながら、家族は少しずつ前へ進みます。
このシリーズでは、
本人・家族・周囲・支援者それぞれのプロセスを通して、
「認知症と向き合うとはどういうことか」を丁寧に解きほぐしていきます。
あなたはひとりではありません。
その心の揺れに言葉が寄り添うことで、少しでも、前に進めますように。
今は立ち止まっていると感じていても、また少しずつ、前に踏み出せる日が来るでしょう。
ここにんでは、認知症介護を”楽にする”ためのヒントとなるような考え方、技術をたくさん発信しています。
詳しくは ➡【はじめての方へ ここにんってどんなブログ?】をご覧ください!
参考記事


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